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タイしたもんだよスズキくん

うっさいんだよ地味女ども
『ダレン・シャン』と『ハリー・ポッター』どっちがより好きかと議論を白熱させていたら、後ろから吐き捨てられた。

振り向かなくてもわかる、クラスメイトの鈴木くんだ。
彼は私たち三人をなぜか目の敵にしていて、事あるごとに突っかかってくる。

私たちが教室にいるだけで空気が汚れるとか言って、消しかすを投げてくるし。
ドッヂボールの時もわざと顔を狙ってくるし。
視界に入るだけで目障りだと凄まれるし。
通りすがりに舌打ちしてくるし。

別にそれほど気にしていなかったけど、あまりしょっちゅう絡まれるのは面倒だ。
担任の先生に訴えたら、
あなたたちより男子は心が幼いんだよ。大目に見てやってくれ
となぜか彼の肩を持つようなことを言われてしまった。
心が幼かろうが、もう六年生なんだから言っていいことと悪いことくらいわかるでしょうに。

今年中学生になった読書クラブの先輩への手紙の中で愚痴ったら、「あなたたちのうちの誰かのことが好きなんじゃないの?」と妙にイキイキした返事が来てげんなり。
こちらの言葉が足りなかったのかもしれないけれど、鈴木くんの態度は恋心の裏返しなんてものでは決してない。
私たちみたいな人間をクラスの日陰者として断罪し、隅へ隅へと追いやろうという異様な熱意。そんな暗い欲望に目をギラつかせた彼の言動をどう説明すべきか考えあぐねて、結局くたびれてレターセットをしまった。

もちろん彼の言葉にしょげるような私たちではない。
コソコソとより結束を強めて、「鈴木のハラワタむしりたいなぁ」「よく私たちにあんなこと言えるよね。クラスで一番残虐なことを知っているのは本好きな私らなのに」と呟き合った。
鈴木くんは今風に言えば「陽キャ」というやつだ。サッカーができて、勉強もそつなくこなす。顔も一応整っている方らしい。
私たちは別に自分たちのことを「陰キャ」とは思っていないけれど、彼らと住む世界は違うんだろうなあと悟ってはいた。
だから、どうしてわざわざ関わってくるのかが不思議でしょうがなかった。ひょっとしたら彼はこちらが言い返すような気力も暇もないことを見抜いていて、我々をサンドバッグにしていたのかもしれない。迷惑な話だ。

鈴木くんから一方的に嫌がらせを受けてストレスが溜まっていたちょうどその頃、「おさかな天国」が校内でやたら流れるようになった。

「好きだとイワシてサヨリちゃん タイしたもんだよスズキくん♪」

タイしたもんだよスズキくん……!!

使える、と直感した。
給食中に歌詞を聴いてびっくりした私は、友人たちにも耳を澄ますように伝えた。
二番は「マスマスきれいなサヨリちゃん ブリブリしないでスズキくん♪」だった。

ブリブリしないでスズキくん……!!

かくして反撃の狼煙が上がった。
鈴木くんに舌打ちされた瞬間、勇敢なことみちゃんが口火を切る。
タイしたもんだね
彼が何か言う前に、私も急いで「タイしたもんだ」と応じる。
イカしてるね」とゆみこちゃんも言う。
あくまでことみちゃんと私とゆみこちゃんの会話という体。
本人に直接「タイしたもんだね!」なんて言う勇気はないけれど、幸いにして私たちは三人だ。

私たちがボソボソと反撃を続けるうちに、最初は怪訝そうだった他のクラスメイトも毎日流れる「おさかな天国」の歌詞に注意を払うようになった。
そしてついに、彼の友人が「タイしたもんだよスズキくん、だってさ!」とからかうように言った。
「おまっ、ふざっ…!」
鈴木くんが顔を真っ赤にすると、友人は
ブリブリしないでスズキくん♪
と二番を歌った。

するとなんと鈴木くんは、怒りのあまり泣いてしまった。
赤い顔でしゃっくり上げて言葉も出せない彼に、みんなもう、どうしていいかわからなくなってしまった。

その事件を機に、私たちを含めて誰も「おさかな天国」を歌わなくなった。給食の時間に流れるたびに、私たちのクラスだけどんよりと気まずい空気が流れた。

その翌年、私たちは中学生になった。
半年ほど経った頃のこと。
どういった心境の変化があったのか、「タイしたもんだよスズキくん♪」と自ら歌い、笑いを取る彼を見た。
そんな彼のことを、ある人は「中学デビューか」と言い、またある人は「大人になったんだねえ」と言った。

たぶん鈴木くんは、タイした奴だったのだろう。


柴矢裕美「おさかな天国」

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