これぞほんとの隠し味

 お気に入りのシチュールウを手に入れたので、昨夜は彼の好きなビーフシチューを作ってみた。圧力鍋で具材を煮込んでルウを入れるだけのかんたんメニューだ。
 シチューやカレーって、箱の説明書き通りに作れば、だいたいだれが作っても似たり寄ったりの味になる。

 そんなわけで私も気を抜いて作ったんだけど、いざ夜になって食べてみると(わたしは六時きっかりに食べたい派なので、基本的には先に食べてしまう)、なんだか味が薄い。ソース単体で食べればおいしいのだが、ご飯にかけてしまうとほとんど味がしなくなるのだ。
 不思議に思ってスマホで調べると、どうやら野菜の炒め具合が足りなかったらしい。今まで申し訳程度にしか炒めていなかったけど、まさかそんな重要な工程だったなんて。

 どうしよう、彼にこのまま食べさせるのは嫌だ。「ちょっとでもおいしいものを食べてもらいたいの♡」とかいう可愛い理由ではなく(多少はそういう気持ちもあったりなかったり)、子どもでも作れるようなものをマズく作ってしまったことがバレるのが癪だった。

 だって、あのひと絶対いじってくるもん。

 ということで、食後に隠ぺい工作を開始した。
 まずは応急処置として残っていたルウを鍋に追加。これで多少とろみは強くなったが、相変わらず味は薄い。
 そこで次なる作戦を立てるため、グーグル先生に知恵を貸してもらうことに。

 ヒットした記事によると、ビーフシチューの味を調節したいときはケチャップとウスターソースを用いるのが一般的らしい。
 さっそくその二つを冷蔵庫から取り出して、鍋の前に並べた。まずはケチャップを鍋の中に直接しぼり出す。量はもちろん「勘」だ。
 よくかき混ぜて、いざ味見。
 うん。塩気と酸味が追加されて、たしかにさっきよりマシになっている。

「よし、この調子だ!」

 勢いづいたわたしは、今度はウスターソースをこれまた適当に追加した。
 再びかき混ぜて、味見のために完成したシチューソースを少しお皿に移す。それをひとくち啜ってわたしは青ざめた。
 ウスターソースの味しかしないのである。
 どうか幻であってほしいと、その後三回くらい味見を繰り返したが、冷ましてから食べても目をつぶって食べても「ザ・ウスター」。むしろ目をつむぶった方がひどい。
 完全なる敗北だった。

 しばし、鍋の前に立ち尽くして絶望していた。どうしてもっと慎重に味付けをしなかったのかと、猛烈に反省した。(でも、過去に似たようなことを何度も繰り返しているから、たぶんまたやる)
 そうしている間にも、彼の帰宅の時間が迫ってくる。どうしよう、本当なら作り直してしまいたいけど、時間が足りないしこの魔界の食べ物の処分にも困る。

 どうにかして彼に食べさせたい。
 わたしは悩んだ末、とにかくウスターソースの味を消してしまえばいいという結論に至った。
 再びグーグル先生に相談した結果、ケチャップとココアが有効であるという情報を得た。これは漫画でよくある「あかんパターン」ではないかと思ったが、どのみちこのまま出すわけにいかないのだから、前に進むしかなかった。
 
 数分後、微妙にウスターソースの香りが薄まった、トマト味の何やらよくわからない料理が完成していた。この時点でわたしは「正しいビーフシチューの味」をよく知らないことに気づくが時すでに遅し。

 残された道は「素直に白状する」か「誤魔化す」の二択。
 わたしは迷わず後者を選択した。

 帰宅した彼の前にシチューを盛り付けた皿を置く。始めてご飯を作ってあげたとき以上に緊張していた。
「わー、ビーフシチュー楽しみにしててん」
 うれしそうにスプーン手に取る彼。わたしは「うへへ」と不自然な笑いを漏らして、彼がシチューをすくって口に運ぶ様子を見守る。
「んー」
 ひとくち食べて、彼がうなった。「ごめんなさい、実はいろいろ調味料を入れすぎて魔界の食べ物に堕としてしまったの」という言葉が喉元まで出かける。

 と、そのとき、彼の口から信じられない言葉が飛び出た。

「うまい!」

 たいていの料理を「まあまあ」と評する彼にとっての、それは最上級の褒め言葉であった。

 結局、真実を告げることのないまま、わたしは「めっちゃうまい」と喜ぶ彼を複雑な気持ちで眺めていた。
 あんまり何度も褒めてくれるので、つい「いろいろ入れて味を調節したの」と言いたくなったけど、自爆しそうだから隠し味の話は墓場まで持って行く。

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これぞほんとの隠し味

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嘘つきは作家のはじまり

作家の日常、考えごと。 嘘や妄想も織り交ぜて、チラ裏にメモする感覚で軽く書いています。
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