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私の町にだけ存在するヤドリ木について

 私の家の近所にヤドリ木の並木道がある。世間一般に知られている宿り木ではない。それは私の町にだけ存在する、いっぷう変わった植物だ。

 足元の道——訳あって舗装されていない——には、すでに赤い羽毛の絨毯が敷かれていた。スニーカーの底で踏みつけると、新雪のようにやわらかく沈み込む。あまりに心地よいので、つい持ち帰って布団や枕を作りたくなるが、残念ながらそれは国から禁止されている。

 ヤドリ木には葉がない。代わりに枝にはびっしりと野鳥が止まっている。「ヤチョウ」ではなく「ヤドリ」だ。紛らわしいので「ヤドリ」として用いる場合は読み仮名を振るか傍点をつけるのが通例になっている。が、ここではカタカナで「ヤドリ」と表記することにする。

 鳥という漢字はついているが、ヤドリは生物学上鳥類に分類されない。
 ヤドリは非常に不思議な生態をしている。四月から紅葉の季節を終えて羽を落とし終えるまでの約八カ月間、ヤドリ木の枝に止まったまま一歩も動こうとしない。当然、餌となる虫や穀物なんかを得ることはできないのだが、ヤドリにとってそこは問題ではない。
 ヤドリは新緑色の羽を持っているのだが、なんとこれが光合成の役割を果たす。太陽さえ照っていれば半永久的に自給自足できるというわけだ。

 ヤドリ木の方も恩恵を受けている。ヤドリは糞尿も枝の上で垂れ流しなのだが、それがこの木にとって栄養となる。ヤドリが光合成を続けてくれる限り、木の方も安泰なのである。

 秋が深まるにつれて、ヤドリの羽は徐々に色変わりし始める。最初は黄身がかった橙色をしていたものが、次第に燃えるような赤に染まっていくのだ。このあたりの原理はまだ解明されていないのだが、完全に色が染まり変わると、今度は羽が落ち始める。落葉ならぬ落毛である。

 ヤドリたちはそうして最後の一枚を落とし終えると、ぶるぶると全身を震わせて真下の地面に落ちる。このとき、地面を覆いつくす羽毛がクッションの役割を果たす。羽毛の持ち帰りが禁止されているのはこのためだ。
 羽を失ったヤドリは当然飛ぶことができない。寒さにも弱い。そんな状態で敵に見つかればひとたまりもないので、新しい羽が生え揃うまで土の中に隠れて暮らす。その期間を利用して繁殖するため、卵は土の中に生みつけることになる。

 ヤドリたちが地下に避難し終えた頃に回収車が街を回る。国から許可を与えられている業者が、役目を終えた羽毛をかき集め、寝具や絨毯などに加工して売るのだ。
 ヤドリの加工品は稀少なためどれも高値がつけられている。たとえば、四畳半サイズの絨毯で数万円、布団ともなれば最低うん十万という額になる。
 しかし、最近とある化学メーカーが限りなくヤドリの羽毛に近い素材を作り出すことに成功した。本物よりもややコシが弱いが、その分軽くて費用も十分の一に抑えられるため、はやくも庶民の間でブレイクを起こしているのだとか。

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