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生まれてきてくれて、ありがとう。映画『ベイビー・ブローカー』は、あなたの命を肯定する「傘」となる。

【『ベイビー・ブローカー』/是枝裕和監督】

是枝監督は、映画作りを通して、この現代社会における「家族」という概念の再定義に挑戦し続けている。

例えば、『誰も知らない』では、ネグレクトという社会問題を取り上げることで、「本当の家族とは何か?」と鋭く問いかけた。また、「どうしたら家族になれるのか?」というテーマを、『奇跡』では子供の視点から、『そして父になる』では大人の視点から描いてみせた。そして、『万引き家族』においては、血の繋がりを超えて家族になることを選択する「擬似家族」という新しいテーマに踏み切った。

今回の新作『ベイビー・ブローカー』は、そうした長きにわたる試みの一つの集大成であり、同時に、まっさらな新境地へと至った決定的な作品なのだと思う。今作に込められた意志の固さに、そして願いの深さに、強く心を震わせられた。


この社会は、悲しいことに、そもそも予め不完全なものであり、それ故に、その上で営まれる私たちの生活は、必然的に数々の矛盾や綻びを内包している。

今作が描き出すように、黒々とした雨が降り頻るこの社会には、既存の「家族」という傘の中に身を寄せることのできない人々が存在していて、また、その中には、「自分は、生まれてきてよかったのだろうか」という根源的な不安や葛藤を抱える人たちも存在する。

その切実な問いかけに答えること、つまり、あらゆる人に、「生まれてきてくれて、ありがとう」と伝えることこそが、今作が紡がれた理由、そして、存在意義である。


『万引き家族』がそうであったように、今作は、1人の新生児を中心とした「擬似家族」を巡る物語である。しかし、追う者(刑事)と追われる者(ブローカー)さえも、最終的には、新生児の幸せを共に願い合う関係性を形成していったことが何よりも象徴的なように、今作は、この社会全体が大きな揺籠として機能し得る可能性を示唆している。(終盤、ある人物が主人公たちに送った「捨てたのではなく、守ってくれた。」という言葉は、そのメッセージを体現する台詞の一つであった。)

もはや「家族」という既存の枠組みを越えて、大人たちが互いに手を取り合いながら、子供たちの未来を守っていく。今作が掲げるのは、そうした温かく輝かしいビジョンだ。


今作のメインキャラクターたちは、それぞれに、生まれたその時から心に大きな空白を抱えていたり、痛切な日々の中で数え切れないほどの傷を負っていたりする。しかし、今作を最後まで観れば分かるように、彼ら・彼女らは、自らが胸に秘める喪失、哀しみ、怒りを、未来を担う子供たちや、共に社会を築く他者への優しさへと転換させる強さを持ち合わせていた。

与えられなかったからこそ、誰かに与えていきたい。許すことができなかったからこそ、次は誰かを許してあげたい。愛されなかったからこそ、誰かを愛していきたい。そのようにして転換された想いは、まさに無条件の愛と呼ぶべき尊いものである。

この社会は不条理で、彼ら・彼女らにとっては非常に不寛容なものではあるが、そうした現実に対して、無条件の愛をもって立ち向かっていく姿は、とても眩しい。


また、今作の物語は、現実の社会と照らし合わせて考えれば、より悲劇的な結末を迎える可能性も非常に高かったと思う。もちろん、終盤においては、暴力を発動せざるを得なかった局面もあり、そうした状況に追い込まれてしまう展開は、とても悲痛なものであった。しかし、この物語は、最後に、いつか私たちが実現を目指すビジョンに、現状、想定し得る中で限りなく近いところまでは近付くことができた。

それは言うまでもなく、是枝監督自身の意志の表れだろう。映画だからこそ、フィクションだからこそ描ける希望がある。そうした是枝監督の深い確信が、この物語全体を温かな肯定の光で包んでいる。この現実の社会は不条理であることを、彼は、そして私たちは痛いほど知っているからこそ、その光は、鋭く輝く。


そして今作は、既存の「家族」という傘の中に身を寄せることのできなかった人々による切実な願いであり、未来への祈りそのものでもある。

今もどこかで、雨に打たれ肩を濡らす人たちがいる。この物語が存在することで、その人たちが、いつか誰かが傘を持って迎えに来てくれることを信じられるとしたら、それこそが、今作のかけがえのない価値となるのだと思う。そしてそれこそが、私たちが今作を通して確かに実感することができる、鋭く輝かしい肯定性だ。


今作は、これまで是枝監督が描いてきた「家族」というテーマを超越した先に、「生きるに値しない命などない」という究極的に普遍なメッセージへと至り着いた。

そして、その意志を、願いを、単なるフィクションの中の綺麗事として終わらせないために、きっと是枝監督は、これからも映画作りを通して、この現実の社会に抗い続けていくのだと思う。

その懸命な歩みが、いつか結実する日を願う。




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