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雑記(六六)

 二月に公開された映画『ウエスト・サイド・ストーリー』を楽しんで観た。主演の二人、アンセル・エルゴートのトニーと、レイチェル・ゼグラーのマリアも素晴らしかったと思うが、耳に残るのは「アメリカ」という楽曲だった。マリアの兄のベルナルドと、その恋人のアニータを中心に、かけあいで展開してゆく曲である。

 いつの日かプエルトリコに帰ることを夢見るベルナルドが、アメリカへの憎悪と忌避を歌うのに対して、アメリカに残って生活を続けたいアニータは、アメリカの素晴らしさを歌う。たとえばアニータたちが「I like to be in America! O.K. by me in America! Ev'rything free in America」と高らかに歌っているところに、ベルナルドが割り込んできて「For a small fee in America!」とつけ加える。ベルナルドが「Everywhere grime in America, Organized crime in America, Terrible time in America」と畳みかけるところで、字幕に「組織犯罪 アメリカ」と出ていたのも面白かった。

 思い出すのは、寺山修司の詩「アメリカ」である(『寺山修司著作集1』クインテッセンス出版株式会社)。この詩には、副題のような前書がついていて、「マルのピアノにのせて時速一〇〇キロ/で大声で読まれるべき五二行のアメリカ」とある。

 詩の言葉は、「アメリカ」を連呼しながら、まさにこの国への、憎悪と憧憬の入り混じった、どうしようもない感情を噴出させているように見える。それはたとえば、詩の中盤、「大列車強盗ジェシー・ジェームズのアメリカ/できるならば そのおさねを舐めてみたいナタリー・ウッドのアメリカ/カシアス・クレイことモハメッド・アリがキャデラックにのって詩を書くアメリカ/百万人の啞たちの「心の旅路」のアメリカ/そしてヴェトナムでは虐殺のアメリカよ」の部分に、強く感じることができる。

 この『著作集1』巻末の初出一覧によると、「アメリカ」の詩の初出は、一九七二年十月に思潮社から刊行された『寺山修司詩集』だという。映画『ウエストサイド物語』の日本公開は一九六一年。影響は明らかだろう。
 

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