夢破れて

長渕剛は人間として終わっている。

イヤだと思うが、下の動画を再生しながら読んでください。

長渕剛は極悪人であり、性格が悪い。
弱く、虚栄心が強く、盗作も多く、自分より弱い者に平気で暴力を振るう。また、女性蔑視の塊のような人間でもある。空手をやったり筋肉を付けたりしてはいけないタイプの最もたる例だ。

今、噂されている性加害疑惑もおそらく本当だと思う。

まだまだ沢山、長渕剛の人間としての厭さは沢山あるが、これらの厭さは世間に有る「イヤな長渕エピソード」からではなく、純粋に楽曲から読み取れるものだ。

人間として終わっていることを隠さない作風である。
このnoteの題名からアーティスト名を除いているのも「長渕剛」という文字を見た瞬間、読まないことを決める人が多いから。

そして、長渕が嫌われる最もたる理由は、人間として終わっていることを長渕自身が「カッコイイ俺」と思っていること。
(長渕を「兄貴」「ツヨシ」と呼ぶ長渕信者の方々は別次元で生きているので置いておく)

本業のシンガーソングライターとしての曲は駄作も多いがイイ曲も多い。

たが、長渕剛の曲には

「曲を聴くと、イヤな奴・長渕剛の顔が必ず浮かんでしまう」

という壊滅的な欠点がある。
そこを差し引いて長者番付1位になったりも90年代にはしている。


ブルースという音楽のジャンルがある。英語では「Blues」で「ブルーズ」と読み、元々はアメリカ南部の黒人が発祥のようである。ロバート・ジョンソンとか。
ブルー、感情としての哀しみを歌った作品群だが、ダサイ民族である我々日本人には再現し難い。

日本は音楽においては、どこまで行っても「カラオケの国」である。
楽曲を「曲」として聴く感性に乏しく、「歌」として聴く。
その日本人が作るブルース。

日本でブルースといえば憂歌団が有名で俺も好きだが、言ってしまえば「黒人ブルースのコピー・モノマネ」である。
演歌を日本におけるブルースと定義付けてもよいのだが、演歌を真面目に聴いたことがないので…

長渕剛は日本人らしいブルースを一番多く作った男性歌手、という捉え方をしている。

女性だと間違いなく中島みゆきだろう。

一番好きな長渕のブルース曲は「家族」だが、題名にした「夢破れて」も日本人が作れる、日本人に理解できるギリギリのラインのブルースだ。

誰の夢が破れたかというと「長渕の友人」である。長渕自身ではないのだ。
この時点で人間として終わっている。

ただ俺は人間として終わっている人を描いた作品や弱い男、逃げてしまう男を描いた作品が音楽や映画・ドラマにおいても好きである。
(長渕が丸パクリした映画、金子正次の「竜二」も「逃げてしまう弱い男」を描いたヤクザ映画である)


たぶん俺の「大谷翔平への興味の無さ」はここら辺から来ている。
強すぎ、正しすぎて人間としての魅力が感じられなくて、興味が持てない。「スゴイねー」と思うだけ。


正しくて強い正義の人を描いた作品が多すぎる。
悪役を格好良い俳優が演じる映画・ドラマが多すぎる。

本当に「どうしようもない人」が「どうしようもない人のまま」生きてゆく世界を描いた作品を探すと、映画だと日活ロマンポルノとかになる。
内田裕也主演の「嗚呼!おんなたち 猥歌」とかそんな映画ですね。
「内田裕也主演」という時点で分かると思うが、日活ロマンポルノはそもそもポルノ映画でもエロ映画でもない。
U-NEXTで(親アカウントに限るが)たくさん見れますよ。

冒頭に置いた「夢破れて」という曲。
初めて聴いた10代の頃は「何者かになりたい」という(性差として)男性に有りがちなことを思っていたが、今は「何者かにならなくていい。今まで生きてきた中で今が一番幸せだし、自分以外の人にはなりたくない」と(加齢による諦めにより)デフォルトで思っているのでかなり印象が変わってくるが。

それでも、
「覚えたことといえば 臆病になることと 年老いた親を騙すことくらい」
という歌詞はこっちの痛いとこを突いてくる。

長渕のくせに。



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