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『スーツ=軍服!?』(改訂版)第98回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載98回 辻元よしふみ、辻元玲子
 
※本連載は、2008年刊行の書籍の改訂版です。無料公開中につき、出典や参考文献、索引などのサービスは一切、致しませんのでご了承ください。

世界最古のトランク業者

ブランドといえばルイ・ヴィトンだ。というか「ブランド」というものは、ルイ・ヴィトンのようなもの、であろう。そもそもこの会社は、一八五四年に鞄職人のルイ・ヴィトンが起こした世界最古の旅行用トランク専門業者である。
それまで、馬車用の旅行鞄というものがあったが、それは荷物スペースに雨ざらしになるような積み方をされたので、頂部が丸いものだったという。雨水を溜めない配慮だった。が、時代は船旅に、鉄道の旅に、さらには自動車の時代にと移っていく。ルイ・ヴィトンが売り出したのはそういう新時代の旅行に適した平板な四角いトランクケースだった。トランク、とはもともと「木の幹」の意味で、転じて四角く硬いものの意味に転じた。表面にキャンバスの布地を貼り付けるというヴィトンの手法も斬新だった。要するに今、われわれがトランクだと思っている鞄はルイ・ヴィトンが発明したのであるし、あらゆる手提げカバンの原型もルイ・ヴィトンに負っているわけだ。
が、初代のルイ・ヴィトン本人が生きている間は、王侯貴族に評判の良い鞄職人の域を出なかった。大いに才覚を発揮したのは二代目のジョルジュ・ヴィトンという人だ。上にキャンバス地を張るトランクは用意にコピー商品を作りやすく、早くもヴィトンは偽造品に悩まされていた。これに対抗してジョルジュはまずダミエという模様、ついで、一八九六年にはモノグラムという、あの茶色の地色にLVの文字と花のような幾何学模様を配した柄を考案した。当時、開国したばかりの日本の家紋が、モノグラム考案に影響を与えたという説もある。

世界最大の巨大ファッション財閥に
 
話は変わって一九八四年のことである。
当時、経営不振だったクリスチャン・ディオールを一人の実業化が買収した。それまで中堅どころの建設会社を率いていたベルナール・アルノーである。これは、より規模の小さな異業種の会社が、資金を集めて株式を買い占めていくという、M&A(合併&買収)の早い事例であり、ことにファッション界の業界再編の最も早い例の一つだった。しかしアルノーの打つ手はそれで終わらなかった。八七年に、ルイ・ヴィトンと酒類最大ブランド、モエ・ヘネシーが統合して持ち株会社LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)を設立。アルノー率いるディオールはここに買収をかけて、LVMHを傘下に入れた。ただし、形式としてはディオールとLVMHのCEO(最高経営責任者)を兼任し、全体の持ち株会社をLVMHとした。このため、見かけ上はディオールがLVMHの傘下企業となったのだが、実態はディオールに吸収されたといえる。以後、LVMHは次々とファッションブランドにM&Aを仕掛け、モエ・ヘネシーやディオールのほかにフェンディ、ロエベ、ベルルッティ、ダナ・キャラン、ジバンシィ、タグ・ホイヤーなどが傘下企業となった。
同じように、傘下にカルティエ、ダンヒル、モンブラン、パネライ、ジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタン、ヴァンクリーフ&アーペル、IWC、ランゲ・アンド・ゾーネなどを収めるリシュモン・グループと並び、世界最大のファッション系コングロマリットだ。
特にファッションに興味のない人には驚くべき話かもしれないが、LVMHとリシュモンに加え、グッチを中心に急成長したケリング(アレキサンダー・マックイーン、バレンシアガ、ボッテガ・ヴェネタ、ブリオーニ、グッチ、サン・ローラン、ブシュロン)、腕時計の世界で巨大勢力となったスウォッチ・グループ(スウォッチ、オメガ、ロンジン、ブレゲ、ブランパン、ジャケ・ドロー、ラドー、ハミルトン、グラスヒュッテ、レマニアなど)を加えた四大グループで、まず誰もが知っている世界の有名ブランドはほとんど収まってしまう。業界の統合再編は驚くべきスピードで進んでいるのである(注記:上記に挙げた企業はグループ間を売却されることも多く、所属がどんどん変わっていくのでご注意いただきたい。こうして書いている内容も、すぐに古くなってしまうのである)。


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