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心の中に記憶として残るもの【音声と文章】

山田ゆり
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今回は、心の中に記憶として残るもの
ということをお伝えいたします。
8分52秒の音声です。
音声と文章どちらでもお好きな方をどうぞ。

**文章はここからです***

おはようございます。山田ゆりです。
今回は、心の中に記憶として残るもの
ということをお伝えいたします。

「うちの子、病院、大っ嫌いなの。
あの、白衣を着た人を見ただけで泣き出すの。」

徒歩数分位の所に住む、私と同じ婿取りの
幼なじみの彼女はため息をつきながら言った。

病院を嫌がる息子をもつ
幼なじみの彼女曰く

いつも行く病院は
待合室のフロアは、電光掲示板があって
今、何番の人が呼ばれたかが一目でわかる大病院。

ちょっとした風邪で診てもらっても
必ず点滴をしてくれるそう。

だから、彼女のお子さんは
病院=注射をするところ=痛い=怖い=行きたくない
そういう図式になっているようだ。


へー。お子さんは病院が嫌いなのかー。

そっかぁ。うちの子は全然違う。

私の三人の娘たちはそういうことは全く無い。
むしろと喜ぶ。


子ども達を連れていく病院は
待合室に5、6人とその親が入れば満員、
そんな小さな町医者の小児科医院。

木造平屋建てで、木製の看板に
墨で書かれた医院名が一部かすれている。

先代のお医者さんから続いているから
50年以上は続く
地域では知らない人がいない位有名な個人病院。

木製のガラス戸をガラガラと
音をたてて開けると、
木製のすのこが敷いてあって

古いけれど拭き掃除が
きちんとされている玄関がある。

看護師さんや受付さんがとっても優しい。
それは先生の人柄からくるものだと
誰でも感じている。

いつも待合室は満員で
玄関のところまで人が並んでいる。

「〇〇ちゃーん。お熱計ってくださーい。」
看護師さんが体温計を持ってくる。
「あれ~、〇〇ちゃん、顔、真っ赤だねぇ。
いつから熱あるの?」って聞いてくる。

体温計をただ配るだけの看護師さんは
ここにはいない。

一人ひとりの様子を優しく見守ってくれる。
だから、先生が患者さんに会う前に
いくらかの情報が既に伝わっている。

名前を呼ばれて先生の前に。
まだ小さい娘を抱っこして私が座る。

問診が終わったところで必ず
前と後ろに聴診器をあてて
先生は診て下さる。

そして、人差し指と中指を娘にあてて、
左手でトントンする。

先生の指示で娘は口を大きく開け、
喉をみてくれ、
腫れていたら薬を塗ってくれる。

先生から今の状況と考えられる原因が伝えられる。
そして、処方する薬の飲み方を教えてくれる。

「お大事に~」とか「よく頑張ったね」とか言って
看護師さんが娘の頭をなでてくれる。

ここの先生は、よほどのことが無い限り
注射をしない。

三人の娘たちがここで何十回もお世話になったが、
予防接種以外は、注射をしたことがない。

だから、娘たちは病院に行くことに対して
全く抵抗がない。
むしろ喜ぶほどだ。

その医院を出て、道路の向こう側に
いつもの薬局がある。

その薬局がいい感じ。
お子さんの患者さんが多い事を配慮してか、
こぢんまりとした薬局の中に

子ども達が待ち時間中、飽きないようにと
触ってもいいおもちゃがたくさんある。
そういう薬局は今時、どこにでもある。

でも、ここの薬局の凄い所は
そのおもちゃが全て手作りなのだ。

厚紙で作ったドールハウスのようなものや
フェルトで作った絵本や仕掛けおもちゃなど。

受付さんが作られたのか
薬剤師さんやそのご家族が作られたのかは定かではないが
いつも手作りのおもちゃがある。

そして、久しぶりに行ってみると、
また新しい手作りのおもちゃがある。

そこで好きなだけ娘たちは遊ぶ。
そして、いつもは飲まない、でも、
風邪ひきさんだからと大目にみてもらって、
冷蔵ケースに入っているジュースを買ってもらう。

帰宅して処方されたお薬を飲む。
そのお薬がとてもおいしいのだ。

私は勿論飲んだことはないが
「お薬のむよー」って私が言うと
「はーい」と嬉しそうにやって来て
大きな口を開ける。


私は生まれた頃からその医院のお世話になっている。

私は保育園児の頃、歩けないほどの高熱を出したことがある。

その日、私は熱にうなされていて歩く事ができない。

私はずっと母におんぶしてもらって病院へいった。
子どもながらに、「お母さん、重いだろうなぁ」と気遣った。


小さい頃、何度も母にはおんぶしてもらったと思う。

しかし、電車から降りてこの病院までの道のりだけが
なぜか今でも記憶に残っている。


母と私は先代、つまり、今のお医者さんの
お父様に診てもらった。

母、私、娘たち、
三代がお世話になったかかりつけ医。
特に私の三人の娘たちは
本当に何回もお世話になった。

そんな娘たちも成長と共に
病院とは縁のない生活になっていた。


ある日、仕事から帰宅した私に母が
こう話してくれた。

今日、お昼にかかりつけの病院から電話が来た。
いつもの受付さんからの電話だった。

後継者がいないので、この病院は本日で閉じる事になった。
だから今まで特にご縁のあった患者さんに
お電話したとのこと。

かかりつけの病院の歴史は
我が家三代の歴史でもある。

なぜか夕焼けのイメージが似合うかかりつけの病院。


現在はどこへでも車で出歩く事が当たり前になった。

車と言う便利なものがあるお陰で
子どもを長時間おぶって病院へ行くこともなくなった。


私が小学生の頃は、家に電話はありませんでした。
ところが今は、一人に一台、
自分が電話を持ち歩ける時代になりました。

パソコンも一家に一台から
一人に一台になりつつあります。

大きい病院では電光掲示板に自分の番号が映し出され、
それに従って診察室に入る。

聴診器をあてず問診だけで診察が終わる病院もある。

このように便利な世の中になりましたが、
私たちの心を動かすものはどういったものでしょうか。

大病院だからできることがある。
でも、小さい病院だからこそできることもある。


昔ながらの手作業によるもの
つまり、人の温もりが感じられるものが
やはり人の心の中に記憶として残ります。

便利なものを上手く使いながら
小規模だからこそできる
心のこもった対応を心がけたい。


今回は、心の中に記憶として残るもの
ということをお伝えいたしました。

本日も最後までお聴きくださり
ありがとうございました。

ちょっとした勇気が世界を変えます。
今日も素敵な一日にしましょう。

山田ゆりでした。

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50代になり、自分の思いを娘たちに残しておきたいと思い、note を続けています。 サポートしていただいた金額は、翌月1日に、私がサポートさせていただきたいと思う方へ全額お渡しいたします。

いつもありがとう!今日も素敵な一日になりそうです。
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山田ゆり

小5まで天真爛漫。小6にいじめに遭いそれ以降、孤独な学生時代。事務6年⇒おもちゃ売り場5年⇒会計事務所12年⇒転職多数で現在の事務に落ち着く。3児の姉妹の50代母。アルツハイマー型認知症の実母の介護を10年間介護。心理学。斎藤ひとり。心屋。福島正伸。文章の読み書き。生きろ。
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