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【短編小説】サラリーマン!

1:
サラリーマンだ!
平日の午後、オフィス街もほど近い東京都内の繁華街。
道行く人は、その声に振り返る。
濃紺のスーツを着た一団が、車道いっぱいに広がりながら、行進して来る。
車が避けようとして、急ブレーキをかけた。
「サラリーマン」の群れは目視でざっと100人前後。まだ規模は小さいが、油断できない。
誰かが、通報したのだろうか、警察官 数名が後を追うが、数に圧倒され、手が出せない。

いつ頃からか、日本では「サラリーマン」という現象が発生するようになった。
濃紺のスーツに身を固めた一団が、突然現れ、行進を始める。
破壊などの危険行為は行わないが、時として10000人以上の規模に達することもあり、その影響は甚大である。
彼らが、実在する人間なのかもはっきりしていない。顔がぼんやりとした膜に覆われていて、判別できないのだ。
この現象についてある心理学者はこう分析した。
「現代人の『我慢』が蓄積され、ある一定の量に達すると擬人化され、発散される」

2:
この日、発生した「サラリーマン」は、国道を千葉方面へと向かいながら、人数を増やしていき、今や先頭から、最後尾までの長さが2キロにまで膨れ上がった。ここまでの勢力に達した例はなく、政府は緊急対策室を設置し対応にあたることとなった。
群れの前後に警察車両を配置し、警戒にあたっているが、「サラリーマン」たちに対し直接の行動は控えるよう指示されているため、見守るしかない。

午後四時十七分
サラリーマンは江戸川に近づいた。対岸は千葉県である。群れは橋の手前で少し止まったものの、十五分後には全員が江戸川を渡って、千葉県に入った。
ここで大きな変化が起こった。国道を逸れて、川沿いに河口を目指すコースを取り出したのである。

3:
千葉の湾岸地域に広大な敷地をもつテーマパークがある。サラリーマンはそこを目指しているようだ。
午後六時四十三分。群れはテーマパークのエントランスに到着した。利用者は避難済みでパーク内は無人である。
夥しい濃紺スーツの群れは、さらに閉じられたゲートを乗り越えて、パーク内に侵入しようとした。
事故が起きては困る、との判断が下され、ゲートは解放された。
万が一に備え、警察官と武装していない自衛官が多数、園内に配置された。

4:
それから一時間が経過した。
テーマパークに侵入した、サラリーマンは群れではなく、個々に園内を移動している。さすがにアトラクションにまでは侵入しないものの、その足取りは軽やかそうに見える。
現地より、サラリーマンの人数が減少しているようだと、対策室に報告が入った。
パーク内で警戒にあたっている警察官がつぶやく
「そういえば、今日から新しいパレードがスタートするんだったんだっけ」
警官のすぐ前を一人のサラリーマンが通り過ぎていく。
「見たかったのかなあ」

(終)


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