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【ショートストーリー】一般人

 大変だ、刃物を持った男が、無差別に切りつけているらしい。
日曜のショッピングモールはパニックに襲われた。とにかく屋内に出たほうがいいだろう。
 俺は一番近い出入り口に向かったが、人が殺到し、とても近寄れる状態じゃなかった。他の出入り口も同じだった。
 サイレンの音が近づいてきた。警察だろうか? 助けに来てくれたのだろう。でも出入り口があんな状態だから、救出が遅れるかもしれない。どれくらい時間がかかるのか見当もつかないが、それまでは自分で身を守らなければならない。
 悲鳴があがった。そちらを向くが、逃げ惑っている人しか見えない。ふたたび悲鳴があがる。
 いきなり、群衆が左右に割れ、視界が広がった。通路のど真ん中、五十メートルぐらい離れたところに、刃物を持った男が見える。思っていたよりも若かった。でも、彼が持っている刃物は、思っていたよりも数倍大きい。あれって、なたなんじゃないか。
「一般の人は下がって」
 いつの間にか警察官がいた。俺はいわれたとおりに、下がった。出入り口を見ると、警察官が何人かいるだけで、殺到していた人たちはすっかりいなくなっていた。そのまま出入り口から、外に出た。少し歩いて、自動販売機が並んでいるあたりで、脱力して、座り込んでしまった。
——助かった。
 あとは警察がなんとかしてくれる。べつに自分があの刃物男をなんとかしようと思ったわけではないのだから、警察にバトンタッチしたみたいなことを考える必要はないんだ。俺は一般人なんだから、何かあったら守ってもらえる。


  
 数週間後、運の悪いことに、今度はデモに巻き込まれてしまった。
 銀座の目抜き通りでウインドウショッピングを楽しんでいたら、二百人ぐらいのデモ隊が、鉄パイプらしきもので、駐車している車や、店のショーウィンドウを破壊し始めたのだ。通行人を襲うことはしなかったが、このままエスカレートしていったら、どうなるか分からない。
 乳母車を押していた若い夫婦が立ち尽くしている。外国人観光客がスマートフォンで撮影していた。高校の制服だろうか、ブレザーを着た女の子たちが悲鳴をあげながら路地の方に逃げていく。
 俺も逃げよう、と思ったときには、すでにデモ隊に囲まれてしまっていた。攻撃の対象にされているわけではなく、いつの間にかデモ隊の輪の中に入り込んでしまったようだ。俺も含めて、かなりの数の通行人が閉じ込められてしまった。
 サイレンと共に警察車両が続々と到着してきた。制服警官や機動隊員たちが降りてくる。
 「一般の人たちはこっちへ」
 機動隊員がデモ隊をかき分けて、脱出路を確保してくれた。駆け足でそちらに向かい、脱出した。
 今回も一般人として、助けてもらった。まあ、何があっても一般人なのは変わりないのだが、危ないところを助けてもらったのだから感謝しなければならない。


 それからさらに月日が経ち、こんどはゾンビに襲われてしまった。自衛官に守られながら、市街地を脱出しようとしたが、うまくいかず、ビルの屋上に非難した。周囲はすべてゾンビの大群に包囲され、陸路での脱出は、不可能。
 自衛隊員が応援を要請。ヘリコプターが迎えに来てくれることになった。
 いま屋上にいるのは自衛官三人、俺を含めた民間人が八人、計十一人だった。

 十分後にヘリコプターが到着、しかしトラブルが発生した。このヘリコプターは十二人乗りだったのだ。操縦士と副操縦士をのぞくと、あと十人しか乗ることが出来ない。
 自衛隊員が残ることになるのだろう。一般人は守られるべきなのだから。でも、当然のように振る舞うのも気が引ける。まあ結果は分かっているが、ここは社交辞令ということで。
「私が残ります」
 毅然とした態度でそう申し出た俺を全員が見た。
「こんな事態が発生しているのだから、自衛隊の方たちは忙しいでしょう。ここは一般人の私が残ります」
「ご好意感謝します。おっしゃるとおり、いまは猫の手も借りたいほどなので、ではお言葉に甘えて」
 俺以外の全員がヘリコプターに乗り込んでいく。
 そして立ち尽くす私を残して、ドアがスライドして閉まった。
——えっ、マジで
 と、ドアが再び開いた
——そうだよな。俺は一般人なんだからおいていくわけはないよね。詰めれば乗れるよね。
 自衛隊員が何かを俺の足もとに放った
「余裕があれば、改めて迎えに来ますが、確約は出来かねます。なにしろ未曾有の事態が発生しているので。それ、雑誌と食料です。よかったら、どうぞ」
 足もとに転がった、携帯食料と自衛隊の広報誌を見下ろす俺を残して、ヘリコプターは飛び去っていった。

(終)

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