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泥臭く — 美容師Maru ②

2024年現在。TUMUGUのマネージャーをする仕事のさなかで、40代~50代くらいのベテラン男性美容師の方々から、昔話を聞かせてもらうことがある。

なんでも、2000年代の大手ヘアサロンでは、先輩美容師から「ハイブランドの上質な衣服を着こなせ」と厳しく教え込まれていたという。

1990年代の、安室奈美恵さんに憧れた「アムラー」たちによる茶髪ブーム。そして2000年代、浜崎あゆみさんを筆頭に巻き起こった金髪ブーム。

もとより華やかな美容業界を、自らを磨き上げた美容師さんたちが、よりいっそう盛り立てていたのだろうなと思う。

きらびやかな表面ばかりについ目がいってしまうが、その実、泥臭い努力や練習、下積みが必要と言われる業界でもある。

それは美容業界に限った話ではなく、飲食業界や、あるいはどこに行っても同じなのかもしれないけど。

そしてそれは、TUMUGUを取り仕切る美容師Maruも例外ではなかったと聞く。


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「そういえばね、ラスベガス行ってきたんですよ」

2015年の年末が近づいていた頃。

カットの最中にMaruが、吉牛行ってきたんですよ、くらいの事も無げなテンションで話しかけてくる。

話しながら、周りの美容師さん4~5人に対し、「Aさんの仕上げお願い」「ドライ入って」「カラーよろしく」と端的に手際よく、次々と指示を飛ばす。

座って聞いてるだけなのに、情報処理が追いつかない。

Maruは、今日も安定のBALENCIAGAを当然のように派手に着こなしている。生活感ゼロの見た目の通り、普段の暮らし向きも華やかなのだろうか。



そんなことを考えながら、手早くチャキチャキと進んでいくハサミをぼんやり眺めていると、Maruがポロっとこぼす。

「実は5年くらい、ずっと英語を勉強してて」

ベストセラーの分厚い参考書を買って読み込んでいる、発音の個人指導を付けたこともある、今は帰国子女の先生と英会話にトライしている、とのことだった。

意外な一面。少なくとも英語に関しては、コツコツと堅実な努力を積み重ねてきたのだろうか?知り合って何度目かのMaruから、初めて少し人間らしさを感じる。

大学で語学を専攻した私自身、渡米した経験があった。その上、好きが高じて英語の個人指導を長く行なっていたため、語学に関しては一家言ある。

そんな経緯もあって、英語まわりの話には一段と花が咲いた。

出会いというのは本当に分からないもので、それがきっかけで、なんとMaruへの英語指導を受け持つことになる。Maruが英語を話題に出したのは、本当にたまたまだったのに。不思議なものである。



さっそくスタートしましょうということで、その翌週からカフェでマンツーマン指導を開始。

驚いた。レッスンが終わった直後から、多忙なサロンワークの合間を縫って、Maruは毎日やるように伝えた課題を必ず毎日こなし、欠かさずLINEで報告をよこす。加減も遠慮もなく、初っ端からフルスロットル。

これは誇張ではなく、本当に毎日毎日、英語学習マシンのように勉強して、毎日質問をくれる。怒濤のような質問ラッシュ。少しスマホから目を離したら、MaruからのLINE未読件数が10件、20件ということも。彼女か?(彼女でもこんなに連投来ない)

質問がやや込み入った内容になることもあり、電話も掛かってくる。それも毎週のように。確かに僕から言いましたよ?いつでも質問してくれて構いませんって。言いましたけども。この御方、ネジが2~3本はハズれてる。



文法だろうが発音練習だろうが、やると決めたことをやり抜く。できるまでやる。ひたすら泥臭い。

「やる」と言った自分の言葉に責任をもつ。そう自分に課しているようにも見えた。

そのポリシーは何に対しても貫く。英語学習といえど例外ではない、ということなのだろうか。

効率化、生産性、スマート化、そしてAIの活用。「泥臭さ」なんて要らない、時代遅れでかっこ悪い、みたいな論調になりがちな令和のご時世で、その逆を行くとも言える生き方。

昭和生まれの自分はどこか、この生き方にちょっと安心してしまう。口ではなく、行動で語る。そして、行動の量はウソをつかない。量が質を生んでいく。

泥臭いプロセスは面倒だし、しんどい。ただ、それをあえて楽しんでいるようにも見える。

こういった前向きさや姿勢が内側からあふれ出ているのを、オーラと呼ぶのだろうか。言葉にしなくてもそれは、目の前の人に伝わり、信頼に変わる。



話が戻るが、Maruがラスベガスに行ったのは2015年、それまでの約20年の美容師生活で初めて取得した「夏休み」だった。

そのときまで、お盆休みも夏休みも取らずに、20年間の皆勤賞?ちょっと耳を疑ったが、いや、この人なら本当にやりかねないか。

天才と呼ばれるパブロ=ピカソも、実は147,800点の作品を生み出した努力家だった、というのは有名な話だが、Maruはどれほどのお客様をカットしてきたのだろうか。

最先端のファッションを追いながら、美容に対して地道に泥臭く実践を重ねていく。きっと多くの美容師さんが、このプロセスを乗り越えてきたのだろうと思う。



英語であろうと、ダイエットであろうと、起業であろうと同じ。何事も、やってうまくいくとは限らない。時間が経ってみないと結果になるかは誰にも分からない。

だからこそ怖いし、ためらい、迷い、立ち止まる。人としてごく普通の感情である。しかし、Maruは笑って言う。

「本当に始めるべきかどうか、もちろん始める前に吟味はするよ。でもやると決めたら、やり続けます」

自覚があるのかないのか、良くも悪くも、台風の目のように周りをガシガシ巻き込んでいく人間。ハッとさせ、ワクワクさせてくれる。言葉も強いが、言葉以上に自分が取り組む背中で語ってくる。

この鋼のメンタルにどんなルーツがあるのか。そして、これからどんな事態に直面していくのか。当時は、想像もつかなかった。


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そして2016年、ついにMaruは約20年の長きに渡って勤めた大手ヘアサロンを退社することを決意し、独立の一歩を踏み出す。

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