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彩りは歳月と共に

10代の頃だった、当時付き合っていた恋人は歳上だった。まだまだなにもわかっていない少年と大人の不釣り合いな恋愛関係は不器用さもあったし、背伸びをしたかった僕は大人の仲間入りができた気分ですごく生意気だったと振り返れば思う。吸えない煙草を吸いはじめたり、缶コーヒーをわざわざ買って寒い夜に手を温める癖を真似てみたり、飲めないお酒を飲んでみたり。恋人というより飼ってる犬みたいな感じであしらわれるのが少しだけ悔しくてはやく大人になりたかった。そうやって楽しくも苦しくも暖かな日々は続いていくのだと思っていた。しかし歩けば歩くほどその彼女の歩む速度に遅れをとるようになってしまっていた。たまに生き急いでるようにも思えた、彼女は自由人でいてぼくの知らないなにかに囚われた人だった。そんな彼女からある日別れを切り出された。穏やかに、かなしみの夜は既に越えてしまったかのような表情で。ここではない新たなフィールドに探し物を探しに行くといったニュアンスの理由を聞いて、長年の靄が晴れたような気がした。この人は自由を手に入れたいわけではなく過去と決別するという不自由をてにいれれなかったんだと知った。そして今自分の枷を外して飛び出す決意を固めたのだと知った。きっとじっとはしてられない人なんだろうな、なんてわかっていながらも続いていた時間に終わりが来ただけに思えて、僕は枷だったのかと気づいた、もうどこにも行かないための彼女が自分自身でつけた枷。

別れ際二人の思い出を燃やしていこうと言い出した。僕は戸惑ってしまって、いつまでも大切なお守りになるみたいに思っていてその提案を拒否してみたものの『いつかわかってくれる日が来るから』と言われ渋々それに付き添うことにした。僕たちは近所の河川敷に行って手紙や写真を燃やしていった、大きなダンボールに詰めてたマグカップとかも割ってみたり。なんだかちょっとした自傷行為みたいなものなのに彼女の顔つきは凛としていた、出会った時よりも美しく思えた。夕焼けの橙色と藍色のコントラストが鮮やかで、そこには悲しみよりも前に進む旗を振るような小さな決意が滲んでいた。全部燃え尽きて、記憶は燃やせないから大切にしまっててと言われた、潤んだ大きなあの瞳が世界中で一番正直な言葉を吐いた、でも多くを理解できなくてついに大人になれなかったような気がして悔しかった。

燃えきった思い出達はもうこの世界にはいない、けど記憶の中の彼女はそのままで大変なものだけ残していったもんだと今は思う。思い出ばかりが綺麗になってしまう、嘘も本当もわからなくなってしまうくらいに不鮮明になってたまにふとした瞬間に立ち止まる。それは未練とか後悔ではなくなってしまったただの『記憶』という幻みたなものなのにいつも記憶の中に立つ彼女はあの藍色に染まっていく夕空の凛とした表情だ。




そういった失恋はあったものの不思議なくらい過去の恋人に縛られることなく生き続けている。少し破天荒なところは影響受けたものなんだろうな、なんて思いながらたまに恋をしたり夢とか希望と名付けた目標に向かって歩みを進めたり。いまさらどうにかしたいとかももう思わない、もう一度会いたいとも。月日は経ち大人になりたくてしかたなかった僕も遂に記憶の中の彼女と同じ年齢になってしまった。

大人ってもっとかっこいいものだと思っていた、漫画のヒーローみたいな窮地を救ってくれる頼りがいのある人。それがなんとなく思い描いていた理想の大人だった。今見えてる景色は結構違う、『大人見習い』とか『大人研修中』とかそういう看板はとっくの昔に外してるはずなのに僕はまだまだそういう学びの中にいるようでちっとも変わってない気がしてならなかった。

ただ世界の在り方が段々わかった、と思っていたことがそもそもの間違いなんだなとも気づいた。僕は決めつけた括りある世界の秩序を重んじている小市民であったし、善意のナイフをもつ大人のフリをしているクソガキだっただけなんだと。世界はずっとずっと広い、選択肢は2択ではないし答えも1つではない。大人だからって泣かないわけないし、後悔をしない選択ばかりを毎度選んでるわけでもない。後悔をしてないこともない。あの時だってそうかもしれない、思い出を燃やしてしまうなんて選択をとれた裏側に悲しみがなかったわけがない。でも思い出に縛られて生き続けることがどれだけ苦しいのかを先にあの人は知っていた。残していってしまう人にあとなにをしてあげれるんだろうと考えた答えがカタチあるものを壊して燃やしてしまおうだったのかもしれない。ずっと一緒にいようひとつ言わなかったあの人の気持ちが冷めていたわけでもなく本当は未来に怯えていだけだったのかもしれない、未来を確約してしまう言葉は重みがあり楔とも呪いともなるから。年を重ねていくごとに足跡を辿ってみつけたような場面に出くわす。『もしかしたらあの時あの人は』なんて思い返して苦虫噛まされたような表情になる。夜どうしようもなく寂しくなってしまうことだったり、煙草をベランダでふかしてぼーっとすることだったり、大人って色々悩ましいし面倒だし難しい。こんなこと少しずつ理解するようになってきたなんて、もう立派に大人になってしまったんだなと思った。

また同じように冬が来る、景色も町並みも人も僕も昔のままや永遠がなく変わり続けていく。僕は定期的に人も環境も断捨離したくなる、変わっていく限りその居場所が窮屈に思えたり適さないこともあったりして自分が一人の人間なんだなと意識すると、信じているものだって大切にしてたものだって最後には手放す時がある。そういう繰り返し最初は悲しくてしかたなかったけど、思い出すのは手を繋いでいて離した彼女のあの凛として美しい表情で、そういう心もちでいなきゃと自分に言い聞かせる。思い出と生きていくというのは過去に縛られることでも、枷にすることでもなく糧にして生きていくことだ。こんな話を書いたのは誕生日を迎えた時にふと思い出したから。


なんで今更といった感じで煙草をふかして、ああそうかちゃんと自分の身体の一部になったんだ、あやふやに欠けていたどこかの骨が彩り補ったようにパチンっと繋がっていた。



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