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生きづらさを抱えている人は、『キャプテン・マーベル』を観に行こう。

 現在進行形の、世界最大規模のエンターテイメント映画シリーズであるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)最新作は、サノスとの最終決戦の切り札になるであろうマーベル最強ヒーローの一人キャプテン・マーベルの単独作。世間の潮流にも敏感なこのシリーズ、黒人監督&主演の『ブラックパンサー』がヒーロー映画初のアカデミー賞ノミネートを飾り、そしてDCの『ワンダーウーマン』が大ヒットした現代の価値観に呼応するかのように、MUC初の女性監督&女性ヒーロー主演映画を送り込んでくる。この嗅覚とスピード感が素晴らしい。ケヴィン・ファイギ、恐ろしい男…。

1995年、ロサンゼルスのビデオショップに空からひとりの女性が落ちてくる。その正体は、クリー帝国の兵士として活躍していた女戦士ヴァースであり、任務遂行中に惑星C-53(地球)に落下したのだった。彼女を調査に来たのは、若かりしニック・フューリー。ヴァースは過去の記憶を失っており、それを解き明かすためにフューリーと行動を共にするのだが、彼女を追ってクリー人の対抗勢力であるスクラル人も地球に降り立ち、やがて全ての謎が明かされてゆく。

 時代はアベンジャーズ結成前の90年代、フューリーが片目を失ったり、コールソンが(表向きの)殉職をする前の物語だ。キャプテン・マーベルはフューリー=S.H.I.E.L.D.にとって初めて遭遇するスーパーヒーローであり、後のアベンジャーズ計画発案となる出会いが、本作で描かれる。

 キャプテン・マーベルは、両手から発する波動砲「フォトンブラスト」を主力に、並みはずれた怪力と飛行能力を持ち合わせた、まさしく王道のスーパーヒーロー。その正体は、とある事件から超能力に目覚め、宇宙のクリー帝国の兵士に選ばれた、数奇な運命を辿る地球人女性キャロル・ダンバース。地球ではアメリカ空軍の女性パイロットで、宇宙では女兵士。後天的に得た超能力の外に、男性社会にも屈しない「心の強さ」を持ち合わせていることこそ、彼女が現代社会で愛されるヒーローたる所以だ。

 キャロルの強さは、「立ち上がる」というアクションで強調されている。今もなお女性差別が残る人間社会、とりわけマッチョであることを求められる軍人という職を選んだ彼女は、周りからの蔑まれた視線に晒されてきた。「女にはムリだ」「でしゃばるな」という言葉、嘲り。そうした心無い思念を受けながらも、キャロルは何事にも挑戦し、失敗し、その度に立ち上がってきた。キャプテン・マーベルである以前に、キャロルはタフで強い真っ直ぐなヒーロー性を、幼少期から持ち合わせていた。

 そんな彼女の能力であるフォトンブラストが、「吹き飛ばす」力なのも活きてくる。向かってくる敵を倒す武器としての意味合いに加えて、自分に降りかかる悪意や抑圧を吹き飛ばすキャロルの生き方とも、呼応した能力だからだ。彼女がついに覚醒し、フォトンブラストを両手のみならず全身から漲らせ、さながら無敵状態のマリオのように敵を吹っ飛ばしながら駆けていく、圧倒的な強さ、格好よさ。周りの視線を跳ね除け、何かに遠慮したり誰の証明を得るまでもなく、自分の持てる能力を好きなだけ振るうこと、その万能感を、これでもかと叩き付けてくる。宿敵との決着がとくに印象的で、「何が悪いの?」と言いたげに自分の能力を惜しみなく使い、最大の力で最大効率を成し遂げる。爆笑を誘うと共にこちらの溜飲を下げる、たいへん心地よいクライマックスだ。

 こうしたキャプテン・マーベルの在り方は、女性のみならず、現代を生きる全ての人に勇気を与えるだろう。スーパーヒーローではない我々も、いろんな抑圧に晒されている。相手の容姿や能力、経済力を人間そのものの価値と見なし、それを理由に侮蔑してくるような心無い人間は、悲しいかな一定数どこでにもいるもので、そういう奴は決まって「お前には無理だ」「使えない奴だ」と言い放って優位に立とうとする。それが世間的な上下関係にある場合は、その場の空気を読んで自分を押し殺したり、まともに受け取って自己評価を下げてしまう人も大勢いるだろう。

 そうした抑圧と自己否定に苛まれる現代社会において、それでもなお己が正しいと信じるもの、あるいはやり遂げたいと思う目標に向けて我武者羅に突き進むことで、自分の生き方を確立できるということ。その尊さを描いたからこそ、『キャプテン・マーベル』が全世界で特大ヒットを成し遂げた。決してMCUのブランド力のみがそうさせたのではなく、今最も強いヒーローの在り方が、男女問わず全ての人を奮い立たせているのだと信じたい。

 そうした強さの在り方は、性別や人種といった生まれ持ったパーソナリティに囚われない、普遍的なものである。日本でも同時期に公開された『スパイダーバース』にも表れていた、「勇気があれば誰でもヒーローになれる」という目線は、本作でも健在だ。現実に生きる全ての人を鼓舞する力を持つスーパーヒーロー映画は、これからも時代を超えて愛され続けるだろう。

 それはさておき、キャプテン・マーベル役がブリー・ラーソンというキャスティング、最高でした。キャプテン・マーベルとしての能力を思う存分振るった後の、人知れず「ニカッ」と笑う仕草がいいんですよ。彼女自身が能力を振るうことを楽しんでいることが一瞬の動作で伝わってくるし、こちらの共感を誘う、ナイスアクトでした。

 また、ヒーロースーツのデザインも素晴らしい。女性ヒーローだからって肌や胸元が見えていたりする必要はなく、胸に星の意匠が付いたコスチュームで全身を纏った姿が、勇ましく凛とした存在感を際立たせる。

 アッあと、「予告編あるから余裕~」とか抜かして、遅れて入場する人いるじゃないですか。本作に限っては万死に値するので、開場されたら速やかにご着席ください。万が一前を横切ろうものなら、隣の席の人から何かしらの制裁を受ける覚悟でお座りくださいね。


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