第439回 天気がいい日は考古学日和

1、考古学の論文を読んでみよう Vol.7

久しぶりにゆっくり専門誌を読む時間がありました。

今日ご紹介するのはこちら。

考古学研究 261号 第66巻1号 2019 Summer

2、雑誌の構成

【特集】「学校と考古学」第3部

ドナルド・ヘンソン「英国教育における考古学の位置付けの移り変わり」

著者は英国の考古学評議会の教育部長を務め、現在はヨーク大学の考古学部准教授。

英国は連合王国であり、各地域で教育制度も異なっていますが、本稿ではイングランド地域を例に歴史学・考古学の教育について述べられています。

基本的には我が国と同様、振り子の揺り戻しの様にカリキュラムが変更になり、

その旅に歴史に割かれる時間数が減っていると指摘されています。

高等教育においても職業的、実用的な教科に財政支援が行われる様になり、考古学が教えられる場面は減ってきているそう。

そして対比される日本の考古学教育のあり方

高田健一 「考古学教育の未来」

鳥取大学で准教授を務める筆者は地域学部地域環境学科という理系学科に所属するというやや特殊な環境、と前置きしつつ、現状を細やかに報告しています。

指導教員が与えてくれたという「大学教員は中小企業のオヤジだと思え」との助言がよく当てはまる内容に首肯せざるを得ない。

そしてこれまでの日本の一般的な産業構造と一致している「垂直統合型」の研究者・専門職員養成プロセスの維持が困難となり、

Apple社のようにプロセスを外注する「水平分業型」の必要性が指摘されています。

個人的に最も気になったのは

大学で考古学を学んだのちに一般企業などに就職して、その後どの様に考古学や文化財に接点を持ってくれるかということ。

筆者も合宿形式の発掘調査などの「コアな」な体験を思い出として懐かしんでくれるコミットしか提示できていませんが

もっと深掘りしてほしいところ。

3、変革期の立ち居振る舞い

さて本誌には

【論文】

①大坪志子「九州における弥生勾玉の系譜」

②岡田憲一「鳥居龍蔵の1923年度朝鮮石器時代調査」

【研究ノート】

③清水邦彦「外縁付鈕2式における銅鐸工人集団の関係ー高坏形土製品の検討を中心にー」

と3本の論考が掲載されていますが、今回は②の学史的な論文に注目してみようと思います。

久しぶりにフレームワークで整理してみますと

・どんなもの?

2016年に『石器時代 鳥居龍蔵調査瑠璃乾板』が刊行されたことを契機に、鳥居龍蔵の朝鮮半島石器時代研究が完遂されなかった理由を展望したもの。

・先行研究と比べてどこがすごい?

これまでは資料不足で考察されることが少なかった1923年度調査の詳細を明らかにしたこと。

・技術や手法のキモはどこ?

新資料の『石器時代』はもちろんのこと、本人による手記、関係者の著作、当時の新聞などにも丁寧に当たって鳥居の足取りを明らかにして、調査行程を明らかにしたこと。

・どうやって有効だと検証した?

鳥居が本研究を完遂しなかった理由として

①本人の手記にもあるように、東京帝国大学を辞職したため、官としての仕事ができなくなったため。さらには他の学者との軋轢から。朝鮮総督府自体も古墳時代研究にシフトしていた。

②鳥居自身の関心が他の時代に移ったから。

まず①については、今回刊行されたような写真乾板はあったし、メモなどは手元にあっただろうから、報告書としてまとめることは可能だったという否定がなされます。

②についても活字化されたモノの中に総括する意欲を見せていると指摘されています。

筆者が想定するのは世代交代の波。

断定は避けていますが、素直に読むと鳥居龍蔵が自分の研究手法が古くなったことから総括を躊躇したと指摘しているように思えます。

・議論はある?

結果として鳥居龍蔵は『考古学上より見たる遼之文化』も未完のまま世を去ってしまいました。

筆者自身も世代交代に追われただけでなく、鳥居の信念として納得のいく形で集大成ができなかったことが最大の原因としています。

最終的には一つの原因に帰する訳ではないでしょうし、本人にしかわからない内情もあるでしょう。

なんにせよ学史に燦然と輝く大学者でも、いつか「集大成」をと期して果たせないことがあるのですから、凡人の私などは納得のいくまで、と出し惜しみしないで現時点でのベストをどんどん世に問うことにしようと思います。

・次に読むべき論文は?

論文ではないですが参考文献にも上がっているこの本を読んでみたいと思います。

鳥居龍蔵の故郷、徳島にある記念館もいつか行ってみよう。


3、その他の興味深い記事

新刊紹介として

池田榮史の『海底に眠る蒙古襲来ー水中考古学の挑戦ー』が取り上げられています。

このブログでも水中考古学については何度か紹介したことがありますが、

吉川弘文館の歴史文化ライブラリーという形で一般にもわかりやすく水中考古学のプロセスを紹介しているようです。

また【展望】というコーナーでは

2019年2月に行われた陵墓立ち入り観察の記録が報告されています。

羽曳野市の百舌古市古墳群の一つ、高屋築山古墳。

安閑天皇陵だと言うことで宮内庁管理の陵墓となっていますが、

実は中世に城郭として再利用されたことでも知られています。

今回はそのような事情もあって城郭研究の第一人者である中井均氏も同行されたとのこと。

今回も幅広い内容が掲載されていて大変勉強になりました。


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