第328回 時には理論のはなし

1、論文を読んでみようVor.6

今回取り上げる論文は

溝口 孝司2014「世界がかわるとき」『考古学研究』61ー3

になります。

ものすごい題名ですよね。

溝口氏は九州大学教授で、専門は弥生時代。甕棺墓という葬送の研究から当時の社会構造を読み解くことに取り組まれています。ケンブリッジ大学への留学経験を持ち、考古学者の中でも理論派として知られています。

2、雑誌構成

考古学研究会第60回総会研究集会報告(下)
**辻田 淳一郎 「世界の中の古墳時代研究」 **
日本列島の国家形成期とブリテン島を比較研究することで古墳時代社会を人類史的に相対化することを目指した論考。

丸井雅子 「世界の中の日本人研究者」
東南アジアというフィールドを事例として、第二次世界大戦時の情勢を踏まえた日本人としての葛藤や国際交流の実践の場としての現代の潮流にどう考古学者たちが向き合っているのかを、先人たちの著書と自らの体験をもとに明らかにしている。

本橋恵美子「縄文時代中期における土器使用の研究」
縄文時代中期の竪穴住居の中に埋設された土器について、使用痕跡(内面が黒く変色しているなど)を含めた分析を通じて、その用途だけでなく、集落の変遷についても検討した論考。

青山和夫「先古典期マヤ文明の遠距離交換と石器製作」
グアテマラのセイバル遺跡から出土した石器(黒曜石やチャート)の分析を通じて当該期(紀元前1000年から前700年)の遠距離交易と石器製作技術について検討するもの。

上月克己・五木田まきは・北川祐輔・山下大輝・石村智「さあ議論をはじめよう」
考古学研究会第60回総会に合わせて実施された学生討論会の感想を学生パネリスト名から寄せられた内容。

木村淳「アジア・太平洋地域水中文化遺産会議
共有海事遺産の概念について」

2014年5月12〜16日にハワイ大学で行われた第2回アジア・太平洋地域水中文化遺産会議
の主催側として関わった著者からのレポート

光本順「北米理論考古学会2014年大会参加記」
2014年5月23〜25日にイリノイ大学で開催された同学会。著者が参加した「クィアな問題ークィアな情動、身体、時間性の集合ー」というセッションについて詳しく報告されている。

書評

工藤雄一郎/国立歴史民俗博物館(編)2014『ここまでわかった!縄文人の植物利用』

角道亮介2014『西周王朝とその青銅器』

考古フォーカス
北浩明 「鳥取県高住井手添遺跡」

荒川史康・佐々木憲一「アメリカ合衆国コロラド州メサ=ヴェルデ国立公園」

3、今日のフレームワーク

・どんなもの?

考古学において「世界」の変化はいかに分析され得るかを論じたもの。弥生時代中期北部九州が事例。

・先行研究と比べてどこがすごい?

先行研究として挙げられているのは
和島誠一・近藤義郎・広瀬和夫らが抽出したモデル。

ごく簡単にまとめると

水田稲作の技術発展によって人々が形成する「単位集団」は大きくなったが、一方で大規模な灌漑事業などに対応するためには、「単位集団」が複数集まった「集合体」が求められます。

これを維持するために「祭祀」を司る単位集団が上位に、さらには生産力の差によって格差が生まれてくるということになります。

しかし、著者は「平等性」の維持のために、個人や特定の集団に「恒常的に」権利や富が集中しない仕組みもあり得るはずであるし、実際に民族事例としても実在していると説明します。

それでも現実に格差のある社会を享受したのであるから、個々人にとってその「世界」が受け入れざるを得ないと判断するような要因があったはず、というのが著者の主張になります。

・技術や手法のキモはどこ?

まず、個人にとって「世界」とは何か、を整理しています。そして「世界」が変わるとはどういうことかを考察します。

「世界」とは個人間のコミュニケーションとそれを可能にする物的媒介の全て

であって、これが「変化する」とは

コミュニケーションの内容、参画する人、物体的媒介が変わること

と私は読み解きました。

わかりますか?正直言ってこれだけでは理解するのは難しいので事例を紹介しましょう。

弥生時代の中期の北部九州で、急激に集落が増加しました。そして墓地の景観も激変しました。
墓地が集落間をつなげる道に沿って並ぶ例が認められるというのです。

これを著者は人口が増え村が分かれてしまったために失われがちであった共同意識を維持するために、「行列するコミュニケーション」を生み出して集落の間を歩くことを形式化したと捉えます。

つまり大胆に要約すると、一つの村で完結していた「世界」が人口の増大に伴って、分村
必要になった。分村した村同士が連携を続けるためには死者をどう葬るかということを「変化」させることが物的媒介となった。集落間の道を行き来するというコミュニケーションが新たに生まれた、ということなのでしょうか。

これを「世界」が変わったと捉えるということ。

・どうやって有効だと検証した?

墓地が道沿いに並ぶという事例はこの時期に限られた現象で、次の段階になるとまた墓地景観が変わることが立証されています。

つまりこの墓地空間の形成にはなんらかの社会的要請があった、ということは間違いないでしょう。

・議論はある?

これまでは

生産力が増大する→格差社会へ

という単純なモデルだったのに対し、

生産力の増大がもたらしたものは、直接的には人口増大とそれに伴う分村化だというのが著者の主張。

そこから「上位層」が現れてくることとどう結びつくかは、予察にとどまっています。

この辺りはまだ消化仕切れていないのですが、ここで述べた「世界」変化の結果、首長は
主導的に共同を実践できなければ資格を喪失する存在から、時空間的位置が確定されることによってシステムとして存在し続けることができるということらしいです。

うーん難しい。

・次に読むべき論文は?

高倉洋彰1973「墳墓からみた弥生時代社会の発展過程」『考古学研究』20ー2

著者が「世界」の変化を考古学的に考察する先駆的な論考として高く評価されていましたので、是非とも読んでみようと思います。

4、考古学≠宝探し

いかがだったでしょうか。

考古学界きっての理論はの1人である溝口氏の論文をしっかり読んだのは正直始めてですし、

事例で挙げられている、弥生時代という時空も、北部九州という地理も縁遠いので読み解くには大変苦労しましたが

ただ、遺跡を掘ってこんな出土品がみつかりましたよ、すごいでしょ、みたいなものが考古学ではなくて、

ちゃんと社会を復元するための理論に磨きをかけている考古学者もいるんだなぁ、

ということだけでも感じていただければ幸いです。

つい先日、我々の仕事をまるでトレジャーハンターと勘違いされている方がいらっしゃったのでちょっと毛色の違う論文を選んでみたという経緯もありました。

この部分がよくわからなかったよ!

というご指摘もぜひお寄せください。

#毎日更新 #歴史 #エッセイ #論文解説



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綱渡鳥@目指せ学芸員2.0

中世考古学が専門の行政内研究者。夢は晴耕雨読。歴史文化の価値が高まる社会の実現を目指す。仕事ポートフォリオ:自治体学芸員として【松島町歴史文化基本構想】考古学者として 【2018「中世」『宮城考古学』20】

考古学の論文を読んでみよう

コメント2件

そういえば今回の縄文や弥生の記事タイトル読んでてはっと意識しましたが、私の頭の中には歴史のルートが二つあって、一つは古事記の伝説の世界が元になっている神話から通じているファンタジー的な歴史ルート、もう一つは大陸から長い旅をしてきた人々が農耕社会を成立させる、リアルな歴史ルート。その時々で使い分けてるようです。
さなさん!コメントありがとうございます。きっちり二つにルートを分けて捉えるって斬新な発想ですね。無理やり一つに統合しようとして齟齬が生まれるより賢いかもしれません。子どもたちにも両方の話をしていますが、どう捉えているのか気になりますね。
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