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何気なくしかし突然に、それは始まった

母のことである。

今からもう12、3年前になるだろうか。
いつものように母にメールを送るが反応がない。
当時、母は長年勤めたパート先をやめて基本は家にいた。午前中は接骨院へ行き、午後はまだ小さい孫の世話に駆り出され妹の家に行く。妹が住む家は車で10分だったが、母は運転ができないため妹が迎えに来ていた。ほぼ毎日そんな生活を送っていた。

一方、当時の私は母が住む家から小一時間ほどの場所に住んでおり、フリーランスで編集の仕事をしていた。時間の余裕はあったため、母が家にいるだろう時間にメールを送ったり電話をしたりして「今日の母」はどんな様子かを、毎日数回にわたって確認していた。

母も母で私からメールが来ると分かっていたから「今、孫と買い物に出てるよ」「ご飯中」といった簡単ながらもライブ感ある言葉を30分以内には送ってくれていた。返信がないときは電話をすると出ていたし、出ないときでも概ね1時間以内に折り返しがあった。

しかし、その日は返信もなく、電話をかけてもつながらず、折り返しの電話もなかった。そんなことは一度もなかったから、何となく私はソワソワして落ち着かなかった。

妹にメールしてみると「午前中は来てもらっていたけれどお昼過ぎには帰った」という。連絡が取れないことを伝えると「疲れて寝ているんでは?」と実にあっけらかんとした答えが返ってきた。

夜になっても状況は変わらず、母とは連絡が取れない。妹に「家に見に行ってほしい」と頼むと「お姉ちゃんは心配しすぎ」「単に返事をし忘れちゃっているだけよ」と一蹴されてしまう。

もちろん、そうかもしれないけれど、今までと違う状況が起きていることに違いはない。何度も電話を入れているし留守電も入れている。メールだって何通も入れている。履歴が残っているはずなのに「単に」忘れるだろうか。ケータイを見ることさえ忘れてしまうのだろうか。

いろいろ考えると居ても立ってもいられず、意を決して終電間近の電車に乗り実家へ向かった。何もなければそれでいい、と祈るような気持ちで。

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