たゆたい③

そんなわけで、私が彼に恋愛感情を抱き始めるのも遅くなかった。初めはただ、仕事が恐ろしいほど出来てコミュニケーション能力が高い「超人」で、いわゆるコミュニティ内のキラキラしている存在だ。自分とは全く違う種類の人間だと思っていた。
それなのに、私はうっかり足を踏み外して沼に転げ落ちてどっぷり彼の心の中に捉われてしまった。
一体、何てことだろう。
胸の奥が苦しくて動悸がすることが、こんなにも満たされて心地いいなんて。
そんなことはあってはならないと、私の心の中で警報が鳴った。前にも誰かにつけられた恋愛の傷が疼いた。
だって、私と彼は住む世界が全く違う。彼はいわゆるサークル等のコミュニティの中でキラキラ光を放って皆を自然と扇動するような存在で、私はというとそれとは全く逆の、そんなキラキラした人の日陰で生きている人間だ。光に焦がれて、日陰で息を潜めてそんな光を見つめている。そんな私が彼に手を伸ばしたら光が眩しくて存在が霞んで蒸発してしまう。「何か」を思い知らされて傷ついてしまう。
それでも別に構わないと思った。彼の神域に近づきすぎると火傷をして、胸焦がれて痛い目をみてしまう。
日陰で息をする私が光である彼の傍で部下として働く命運が巡ってきたことは奇跡だった。
 

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