たゆたい②

彼は私の寂しさや脆さを全て見抜いているのだと思った。言葉にせずともそういう風に接するのがとても上手な男性だった。
そして時に真っ直ぐに、正面から言葉をぶつけた。
 
新卒入社した会社は全国展開する学習塾で、とても仕事が忙しかった。彼は学生時代からアルバイトで塾講師をしていて、その教室の教室長を任されるほど実績も積んでいたし、だからこそ信頼されていた。その当時の彼の年齢で教室長を任されるのは異例の出世だった。いつも自信に満ち溢れ、自身でそれを自覚していても嫌味を感じさせない人柄だった。
講習期間中は子どもたちに朝から晩まで指導をした。いつも、誰に対しても笑顔で小さな子どもみたいにはしゃいでいた。彼が教鞭を奮ったり、何か冗談を言うだけで周りが明るくなった。いつもたくさんの人たちに囲まれていた。仕草や言葉や表情ひとつひとつで人の心を揺さぶり、誰も知らない魔法みたいに周りの人間の心を温かくできるひとだった。それも、風みたいに心を軽やかに撫でつけ触れていくものだから、気づけば誰もが彼を見つめていた。誰もが穏やかで楽しい感情に包まれた。彼の周りの日常は小さな村の祭りが毎日続くような日々だった。
私もその一人で、彼の熱量に巻き込まれて翻弄される人間の一人だった。彼を慕うひとはたくさんいた。私は彼の部下で、他の誰かよりも近い距離感で彼の傍にいれるのだと思うと少し嬉しかった。(勝手にそう思いたい気持ちを抱かせてしまうひとだった。そんなわけで、彼の周りの女性は須らく“女子”へと変貌した。)そんな「特別感」を抱きたいと思う女の子が私の他にも数人いた。

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