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しっぽ戦争

キネとミノ #3 「しっぽ戦争」

あらすじ

 ある日路上でミノが拾ってきた、かわいいしっぽ。キネといっしょになってつけてみたり、動物園にしっぽを物色しに行ったりしているうちにふたりの空想は膨らんできて…。はたして、しっぽ戦争の結末とは?

Part1 ミノが拾ってきたしっぽ

 春うららか。お日さまぽかぽかの暖かい日だった。今日は日曜日で、ミノはキネの家まで遊びに行くところだ。いつもなら自転車で向かうのだけれど、そんな日和だったのでミノはのんびりと歩いていくことにした。

 ミノの住むマンションとキネの住む一軒家との間はあんがい近い。ただその間にはそこそこ大きな川が流れているので、歩いていくとすこし遠出したような気分になる。橋を渡ってすぐ川向こうに広がっている住宅街のひとつが、キネの家だ。キネの家の赤い屋根は、ミノの住む高層マンションの部屋からもわずかに見ることができた。

 家々はこんなにもたくさんあるのに、こうしてミノが平気で訪ねていけるのは友人であるキネの家だけだ。ミノはそのことを考えるといつもふしぎな気分になった。

 いつか友だちがたくさん増えれば、やがてはこの住宅街のどこでも自由に訪ねていけるようになるのだろうか? 理屈ではそうかもしれない。でもミノには、そんなことは想像もできなかった。それほどたくさんの友人がいたら、疲れてしまいそうだ。一軒だけでも訪ねていける場所がある。それで十分しあわせだな、とミノは思った。

 そんなことを考えながら住宅街をてくてく歩いていると、道端のアスファルトに見慣れないものが落ちていることに気がついた。なにかふんわりとしたもののようだ。なんだろう、まさか猫の死体じゃないよね、と思ってミノが近づくと、それはやっぱりなにかの動物のように見えた。ただ、その明るい茶色をした毛皮のようなものには、顔も手足もなかった。どこかに血が出ていることもないし、汚らしくもない。

 ミノはそれをそっとつまんで拾い上げてみた。ぱっと見は毛皮のマフラーのような感じだ。でもマフラーにしては短い。この長さではきっと首に巻き付けられないだろう。つややかな手触りはホンモノのようにも見えるし、作りもののようにも見えた。
 ミノはあたりをさっと見渡してみた。しかし、住宅街のようすはいつもと変わらない。それでミノはそのしっぽを拾って、キネに見せてみることにした。

Part2 しっぽをつけたミノ

「いらっしゃーい!あれ、今日は歩いてきたの? 疲れたでしょ」
「でも、そのおかげで面白いもの見つけたよ」
 玄関をあがって二階にあるキネの部屋に行くと、さっそくミノは拾ってきたものをキネに見せた。
「なんだこれ?」
「拾ったの」
 ミノはキネにそのしっぽのようなものを手渡した。
「そこの道端に落ちてた」
「ふーん? なんだろう、ふわふわだー」
 キネはそれを手で触って、それからその匂いを確かめた。
「いい匂い!これ、多分作りもののやつだよね?」
「たぶんそうだと思う。でもファーのアクセサリーだとしたら、どこかに金具でもついてると思うんだよね」
「あ、そういうのはどこにもない!そう言われると、なんだかホンモノのしっぽみたい」
「でしょ? マフラーにしちゃ短いし。それにこの手触りはあんまりフェイクファーっぽくないような」
「じゃあ、やっぱりホンモノのなにかのしっぽ?」
「わかんないけどね。でね、とりあえず拾っちゃったんだけど、やっぱり交番に届けた方がいいのかな?」
「でもミノ、お巡りさんもこんなもの持ち込まれたら困るんじゃない? 今日の遺失物はふわふわのしっぽでした、なんてなんか格好つかないじゃない」
 そう言いながらキネはくすくすと笑った。
「あんがい高価なもので、落とした人は探しているかもしれないよ」
 ミノは真剣な顔でそう言った。
「そうか。たぬきが交番に来たりしてね」
 その光景を想像したキネは、おもわず笑い出した。ミノは言った。
「たぬきのしっぽはこんなに長くないよ。キツネっぽい気もするけど、このへんにキツネなんて住んでるのかな?」
「とにかく、この近所をしっぽをなくした動物がうろついているかも、だね」
「何だか気持ち悪いような、かわいいような…」

 ふたりはしっぽをなくしたかわいそうな動物を想像してみたが、ミノとキネはそれぞれてんで違う動物を想像しているようだ。ミノはおっかない顔をしているし、キネはわくわくした顔をしている。キネは言った。

「でもさ、しっぽってフシギだよね。犬も猫もしっぽがなかったら可愛さ半減とまではいかないまでも、かなり減るでしょ。可愛さが」
「まあ、そうだろうね」
「そう考えると、人間だってしっぽがあったほうが可愛いはずなんだよね」
「うーん?」
「というわけで、これミノにつけてみよう!」
「ええー!?」

 拾ったしっぽはミノのロングスカートに安全ピンで留められた。その姿を見て、キネは目を輝かせながら言った。
「いい! これは、革命的にかわいい!! もうこれつけて学校行くべきだね。よし、今日はこのままつけておこう」
「うう。なんであたしがしっぽなんて」
「まあまあ。そんなこと言わずに鏡で見てみよう。ぜったいかわいいから」
「うう。たしかにしっぽ自体はかわいいと思うけどね…」
 ミノははずかしそうにしながら、おしりのうえあたりに取りつけられたしっぽを見た。テンションのあがっているキネは言った。
「そうでしょ? でもこれ、動いたらもっとやばいんだけどなあ」
「動くわけないでしょ!次はキネがつける番だからね」
「わかった!しっぽの先にテグスを引いておいてさ、バレないように腕と連動して動くようにすれば…」
「キネはこういうことになるとムダにアイディアが出るね」
「まかせて! …あ、でもごめん。あいにくちょっとテグスを切らしてるから、今すぐは試せないんだ…」
 キネが申し訳なさそうにしゅんとしていると、ミノはあきれながら言った。
「ふつうの女の子はね、テグスなんて切らさずに持ってないと思うよ」

 次はキネがしっぽをつける番だった。しっぽを生やしたキネを見て、ミノはさきほどの仕返しとばかりに、楽しそうに言った。
「うんうん。たしかにしっぽがあるとかわいいね〜! じゃあ、今日はこれでお出かけしようか?」
「この最先端ファッションがこの町で通用するかな?」
 キネは鏡に映った自分のしっぽを、ポーズと角度を変えて眺めながら言った。
「大丈夫。遊園地帰りかなって思われるくらいで済むよ」
「なるほど。でもさ、どうせならミノとお揃いにできたらいいのになあ。ねえ、どっかにもうひとつ落ちてなかった?」
「そんなとかげのしっぽみたいには簡単に落ちてないと思うけど」
「だよねえ。わたしいつもアニマルプラネットとか観てるけど、しっぽって動物の種類によってかたちも役割もぜんぜん違うんだよね。犬と猫でもベツモノだし。ミノは、どんなしっぽが好き?」
「うーん。そんなの考えたこともないよ」
「そう? わたしはしっぽってけっこう便利だと思うんだよ。人間は退化してなくしちゃったって言われてるけど、あったらあったで使い道はあると思うし」
「両手塞がってるときなんかに活躍しそうだよね」
「そうだ、今日はこのあと動物園に行こうよ。いろんなしっぽを観察しにさ」
「お天気だし、それもいいね。でも、しっぽはつけていかないからね」

Part3 動物園

 日曜日の動物園はほどよく混んでいた。ざっくり見渡すと、動物の数より人間の数のほうがちょっと多いかな、というくらいだ。家族づれが6割と友だちづれが3割ほどで、のこり1割はほんわかとしたカップルたち。
 小春日和のもと動物たちも眠たげにくつろいでいて、のんびりとした雰囲気が広がっている。

 そんななか、ミノとキネはしっぽを見ることに専念した。どのしっぽが自分にぴったりとふさわしいのか? そんなことを考えながら動物を見ると、いつもよりはるかに集中力があがることがわかった。

 人はなにか自分にぴったりなものを選択しようとするとき、いつもとは見る目が変わるのだ。

キネ「適当に分けると、ふさふさ系とすらっと系のしっぽ、あとライオンみたいに先のほうにぽんぽんがついてるのもあるね」

ミノ「ゾウとか牛とか馬のしっぽって自動ハエたたきみたいな感じだから、ああいうのはちょっと遠慮したいところだね」

キネ「やっぱり自分の意思で自由に動かせなくちゃね。あ、カンガルーのしっぽは、5本目の足とも言われてるんだって!」

ミノ「あんまりぶっといのは可愛くないけど、カンガルー並みのしっぽがあったら電車に乗ったときとか楽かもね。つり革なしでもしっぽでバランスが取れるし、痴漢がいたらいちげきで撃退できそうだし」

キネ「可愛さを取るか、機能性を取るか。これは悩ましいよ」

ミノ「タンスのなかにいくつかしっぽを持っていて、気分によって取り替えできるといい感じだよね」

キネ「わたしは思うんだけどさ、あと100年もしたらそんなことが当たり前になってるかもよ」

 ひと通り動物たちのしっぽを見たふたりは、売店で好きなものを買ってベンチで一休みすることにした。

「どう、キネ? どのしっぽがいいか決まった?」
 ミノはソフトクリームを舐めながら言った。これは北海道産のミルクを使って、濃厚ながらもさっぱりとしたすてきなソフトクリームだ。
「これ、あれだね。見ちゃうと余計悩むね」
 キネは頭を抱えながらそう答えた。そしてバナナジュースのストローを口にした。これもただのバナナジュースではない。完熟した糖度22度以上のフィリピン産高原バナナを使用。バナナ本来の甘さが楽しめるよう、砂糖と氷を使わずにシェイクされたプレミアム・バナナジュースだ。

 ソフトクリームを注意ぶかく食べながら、ミノは言った。
「まあ、見てるだけで面白いけどね。あたしの印象だと、キネは犬とかキツネ系のしっぽが似合いそうだけど」
「それ言ったらミノは猫系だね、イメージ的には」
「うーん、そう言われるとなんだか短絡的すぎるような…。うん、やっぱりキネは猫のしっぽのほうが似合うかもよ」
「ミノに犬のしっぽも、ギャップがあっていいかも?」
「あ、新しい慣用句ができた。キネに猫のしっぽ、ミノに犬のしっぽ。意外と似合いそうなものに使う」
 ミノが人差し指を立てながらそう言うと、キネは笑いながら言った。
「それ、いいね〜。今度機会があったら使おうっと」
 そうして自然と空を見上げると、ふたりはそれぞれの空想をゆっくりと思い描いた。

Part4 しっぽ戦争のゆくえ

 しばらく空を見ていたミノは、ふと神妙な表情で言った。
「ただね、もしほんとうにあたしたちにしっぽが生えていたとしたら、けっこう大変じゃないのかな?」
「そうだねえ。きっとスカートとかパンツのファッションは大幅に変わるよね。あと椅子とかソファなんかは形が変わりそうだし、仰向けで寝れなくなるからベッドもだ! それにお風呂上がりは髪だけじゃなくてしっぽも乾かさないと風邪引いちゃうかもだし、足で踏まれたり自動ドアに挟まれたりしたらすごく痛そうだし…」
「まあそういうこともあるけどね、でもそれだけじゃないよ。しっぽってなにより正直でしょ。犬とか猫のしっぽ見てると、だいたい機嫌がわかるじゃない」
「たしかに、犬なんかわかりやすいもんだよ」
 キネが人懐っこい犬を思い浮かべながらうなずくと、ミノはつづけた。
「でも人間の場合、そんな風に感情まる出しだとちょっと問題あるんじゃないかな」
「そうか…! 本音と建前もなくなっちゃうから、すぐケンカになっちゃうかも」
「そうそう。だからね、もし人間に素敵なふさふさしっぽが生えていたとしても、文明が進んでくると産まれたときに切っちゃったりするかも」
「それは大変だ。せっかくかわいいのに」
 キネはそう言うと、バナナジュースの残りを一気に吸い上げた。
「しっぽを切る派と切らない派で対立が起こるのは、まず間違いないだろうね」
 そう言ってから、ミノはソフトクリームのコーンをぽりぽりと食べた。
「かなしいなあ。あ、でもしっぽを服で隠すっていう方向性なら大丈夫じゃない?」
「お、それもありだね。ただ隠すとなると、それはそれでまた違ったトラブルが起こりそうだけど」
「ええ、どんな?」
「たぶんフォーマルな場でしっぽを隠すのが当たり前の文化だと、逆にしっぽは見られると恥ずかしい、というものになっちゃうんじゃないかね」
「あーそうか。そうなると、かわいいとかいうよりちょっとえっちなものになっちゃう?」
「その可能性が高いね。マニアに盗撮されたりするかも。校則でしっぽは何センチ以上出さないように、とか明記されたりして」

「そんなふうに真剣に考えると、しっぽも奥が深い…。こんがらがってきたから、ちょっと整理してみるね。

 ええと、まず世界はしっぽはそのままの自然派としっぽなんか切っちゃえの不要派、そしてしっぽ隠す派。この三大勢力にわかれることになる。勢力がわかれるってことは、争いになるってことだよ。今だって戦争はあるのに、しっぽがあるとさらに余計な火種を増やすことになってしまう…」

 キネがしょんぼりとした顔で言うと、ミノはさらに考えを広げた。
「しかも、その勢力は時代によっておおきく変わるだろうね。しっぽ切り推進派としっぽ保守派がいて、世間ではしっぽ不要論と必要論が交互に入れ替わるんじゃないかな」
「しっぽ不要派が多数になってくると、しっぽをつけたままの民族は野蛮だとか言われて迫害されて、奴隷にされちゃうかも! この前習ったよね、奴隷船とか三角貿易とか、インディアンとか。もし人間にしっぽがあったら、しっぽをめぐって戦争になるんだ…」

 キネは悲痛な表情で叫んだ。それを見たミノは、しばらく考えてから言った。
「いや、それはまだわからないよ。しっぽというものを尊重して、素直な感情表現を受け入れるような社会だったら、今以上に平和な世の中になるかもしれない。しっぽを受け入れ、しっぽとともに生きるんだよ。だいたい、感情をねじ曲げたりいつわったりするから余計にややこしいことになって、争いが増えるんじゃない? だったら、しっぽで自由に感情表現したほうがきっとましだよ」
「よかった! しっぽがそういうことを考えるきっかけになればいいんだ」
「そういうこと」

 ミノの言葉を聞いて落ち着いたキネは、改めてミノにたずねた。
「じゃあ、ミノはしっぽが生えてても切っちゃわない?」
「もちろん、切らないよ。かわいいしっぽを切るなんてとんでもない。自然のまま、あるがままがいちばん。しっぽといういつわりのない素直な感情表現によって、世界は変わるんだよ」
「じゃあ、しっぽは隠さなくてもいい?」
「隠さないほうがいい。見てよし、振ってよし。しっぽ同士を絡ませるのは、握手とかハグを超える、最高の愛情表現なんだから」
「じゃあ最終的に、ミノはしっぽがあったほうがいいと思う?」
「うん、そう思う。しっぽのある人間のほうが、きっと素敵だよ。…あれ、いつの間にかそういう結論になっちゃったね」
 ミノがそう言うと、キネはうれしそうに両手をあげた。
「やった! 明日からはミノのしっぽが見放題だ」
「いや、つけていかないからね」

エピローグ ミノのしっぽ

 ミノの拾ったホンモノなのかニセモノなのかよくわからないしっぽは、やっぱりふたりで交番へ持ち込んでみることにした。お巡りさんはそれを受け取ってくれたが、結局その後も持ち主があらわれることはなかった。
 そして3ヶ月の遺失物保管期間を経たのち、そのしっぽはミノの所有物となって戻ってきた。

 それは今では、ミノのカバンのストラップとなってしっかりと活用されている。
                                                                              (おわり)

テキスト:マキタ・ユウスケ
イラスト:まりな

次回予告 #4 『デイドリーム・ステーション』

電車に乗るとしょっちゅう寝過ごしてしまう、と嘆くキネ。それに同意するミノだが、寝過ごしてもしらない駅に着くとわくわくするよね、という。だったら、いっそふたりで電車に寝に行ってみようという話になり…

さいごまで読んでいただきありがとうございます! 気に入っていただけたらうれしいです。そのかたちとしてサポートしてもらえたら、それを励みにさらにがんばります。