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校長先生に似ていた僕

先日、ある若い人と話していた。彼とは知り合ってもう一年以上経つのだけど、ふと思い出して気にかかったことがあった。

僕と初めて会った時、たいそう狼狽していたように見えたけど、自分の気のせいだったんだろうか。それとも僕が何か、怖がらせるような振る舞いをしてしまっていたんだろうか。

「つっちーさん、僕が中学の時の校長先生にそっくりだったんです」

中学時代のある日、彼は校長室に呼び出されることになった。なかば不登校だった彼は、「この出席日数では卒業はさせられても、とても高校に行けるほどの内申書を出すことはできない」と校長先生に通告されたのだそうだ。

『……高校も行かずに、将来どうするんだね。就職口にも苦労するよ。どうやって生きていく気だね』

そう諭しながら、校長先生はいつの間にか彼の後ろに立っていた。そして生徒の肩に手を置くと、優しく揉むように指を動かし始めた。

「……そのまま、校長先生に身体をあずけたら高校に行かせてもらえたと」
「はい」
「ある意味、恩師だよね」
「恩師です」
「で、その校長先生に僕がそっくりで」
「はい、ご無沙汰してますって言いそうになりました」

彼が中学時代の校長先生と僕が瓜二つだったとすれば、四十代で校長に就いたということになる。いくら地方のこととはいえ、異例の出世スピードだ。僕の姉夫婦も中学校の先生同士だから、よく分かる。

「その先生のうちにも遊びに行って、添い寝してあげたりしてました」
「うちまで?ご家族は?」
「独身で、一人暮らしだったんです」

地方ぐらしでは、独身を貫くにも周りから面倒なことをいろいろと言われたろうな。そんな中で教員として業績を上げたのか。その出世コースならあるいは、途中で教育委員会への出向なども経験していたかもしれない。僕と容姿はそっくりでも、断然優秀な人だったのだろう。

「その先生は、今でもお元気なのかな」
「それが……田舎の友達に聞いたら、もう先生はやってなくて、ホームレスになってるって噂もあるんです」
「それって、まさか」
「はい、僕が卒業した後も、たぶん同じようなことをしてしまって、父兄とかにばれちゃったんだと思います」

もちろん、やってしまったことは犯罪だし、それが露見したなら職を追われるのも当然だ。しかも地方のことであれば、噂はすぐに広まる。再就職も覚束なかったに違いない。次男か三男であったとしたら、実家にも居場所がなく、住む家を失うというのもあり得ることだ。

生徒の身体と引き換えに就職の間口を広げてあげた彼自身が、その行いで職を失ってしまった。だとすれば何と皮肉なことだろう。

それでも、僕はどこかで彼に同情をしてしまっていた。僕も地方から出てきた人間だし、容姿が似ていると言われた縁か、他人事と思えない。そして人生を台無しにしてしまうような過ちを、僕だっていつ犯してしまうか分からないのだ。

「つっちーさん、本当にあの校長先生とは違う人ですか」
「いやそんなの当たり前じゃん」
「心からそう言えますか、十年ちょい前に何をしていたか、思い出せますか」

そう詰め寄られるうちに、自分の記憶がどこか頼りなくなって行くのを感じた。ひょっとしたら僕は、地方の街で職も住む家も失って、身一つで逃げるように上京してきた人生だったんじゃないだろうか。

いや、そんなはずはない。そんなはずはない。



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