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二丁目にセッション・バーがあった

夕べ二丁目を歩いていたら、とあるビルの地下にあった店のことを思い出した。二丁目にあった、セッション・バーのことだ。

若い人たちにこんなことを話したら、びっくりしてもらえるだろうか。二丁目のど真ん中に、飛び入りでギターを弾いたりドラムを叩いたりできる店があった。

ここ数年、楽器をやる若い方とお話をさせてもらうことが多くなった。そして僕もまた、人前で演らせてもらう機会をいただくようになった。二丁目で遊んだことのある若いバンドマンたちへ聞かせる、むかし話だと思ってほしい。

店の名前は「Lennon House」といった。場所はセントフォー・ビル。アイソトープ・ラウンジのあるビルの地下と言えば通るだろうか。

僕自身、何がきっかけでそこを訪れたのか全然覚えていない。二丁目を歩いていたら店の看板が目に留まって、「ビートルズが好きな人がやってるゲイバーなのかな」と気にかかってドアを開けてみたんだろう。12年ほど前のことだ。

いらっしゃいと出迎えてくれたのは、眼鏡をかけて痩せた、当時60歳ぐらいのマスターだった。明らかにノンケさんだ。

次の瞬間、僕は別の物に目を奪われていた。

店の隅には、10インチぐらいの小振りのドラムセット、エレキギターにエレキベース、そしてキーボードがあった。

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「つっちーって言うんだ、よろしくね。ベース弾くの?今度の土曜日はセッションデーだから、おいでよ」

僕の他に、飲みに来たお客はもう1人いたと思う。彼とマスターの会話を聞いていると、どうもこのお店はゲイとは完全に関わりのないところでやっているようだった。だから僕も、アウトはしなかった。

マスターもやはりバンドのギタリストで、ビートルズが好きで、だけど彼自身はジョン・レノンよりもジョージ・ハリソンが好きだったらしい。なのにどうして店の名前を「Lennon House」にしたのかは聞きそびれてしまったけど、確かに「Harrison House」よりも「Lennon House」の方がいろいろ伝わりやすい。

僕もビートルズの「Something」や「Come Together」のベースを練習しましたよ、なんて話をしながらウォッカトニックを飲んだ。そして今度のセッション・デーにまた伺う事を約束して、その晩は1杯だけで失礼した。

そして次の土曜の晩、セッション・デーに訪れた。やはり曲目はビートルズばかり。ベースで入れてもらおうかと思ったけど、僕より先輩のベーシストがいて、ウィングス時代のポール・マッカートニーまで完コピするようなつわものだった。出番は無いかなあと思い、観ながらお酒を飲んでいた。

するとギターを片手にマイクの前に立ったシンガーが、酔っ払って言い出した。

「ビートルズばかりのところで申し訳ないんだけど、ストーンズ演りたいんで、誰かベース弾けないっすか?」

無意識に僕は、右手を上げていた。

彼とストーンズを2曲演った。「Jumpin' Jack Flash」と「Sympathy for the Devil」だ。それが縁で、彼のバンドにも誘ってもらった。僕にとって今でも大切なバンドだけど、それはまた別の話になる。

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当時、ネットのコミュニケーションはmixiが全盛だった。Lennon Houseのマスターともいつの間にか「あしあと」からお互いのページを踏み合うようになった。

ほどなく、マスターからメッセージが来た。何度かやり取りした後、思い切って自分がゲイであることを話した。

「そうなんだ。全然気づかなかったよ。カミングアウトしてくれてありがとう。万が一にも、お客さんが無神経なことを言い出すかもしれないから、このこととは僕とつっちーの秘密にしておこうね」

僕はまた何もなかったように店に遊びに行きだしたけれど、その後ほどなく、足が遠のいてしまった。誘ってもらったバンドが楽しくって、メンバーを見つけにセッションしに行くという動機が薄くなってしまったからかもしれない。

いつの間にか、僕と仲良くしてくれたマスターは店から退いて、別の方が引き継いだとウェブサイトで知った。健康上の理由だったのかもしれない。

そして昨晩、セントフォービルの地下にちょっと降りてみたけれど、もう店の看板自体が無くなってしまっていた。

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