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声を聴くことができる友人

まず前置きとして、僕はオカルトが苦手だ。

より正確に言うと、オカルト的な話を嬉々として振ってくる人が苦手だ。

「どこそこに何かが見える」とことさらに言い立てられても、共有していない側にしみればどう話を聞いたらいいか分からない。もちろん、相手をおびえさせて喜んでいたり自分の特殊さに酔っていたりというのは、論外だ。

もちろん僕自身、そのような世界はまったく見えも聞こえもしないし、憧れもない。そんな僕が出会った、ある不思議な友達の話だ。

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僕より2歳ほど年下の彼は、ユウジといった。優しい児、と書く。

本当にびっくりするほど優しい性格で、困っている人を助けずにいられない性格だった。人柄で仕事をする人というのは本当にいるもので、出会う人たちとすぐに打ち解け、しっかりと信頼関係を築ける人だった。

しかも彼は、語学に関して天才的な才能の持ち主だった。いったいどうやっているんだろうと思うほど、瞬く間にさまざまな言葉を習得していっていた。英語、オランダ語、スペイン語に始まって、さらに簡単な会話なら、そこに中国語、韓国語、ヘブライ語が加っていたと思う。

そんな能力を持っているにも関らず、頼まれると断れない性格が災いして、一時期は自分の担当でもない仕事をたくさん押し付けられたようだった。

彼の語学能力は、「世界を相手に仕事がしたい」という情熱の賜物だったのだろうと思う。しかしその反面、大変な地域に行かされていた。パレスチナ自治区のガザ地区、コロンビア、東欧のジョージア(グルジア)といったところだ。

このあたりの話は詳しく書けないのだけど、つまり彼は、生命を脅かされるような土地の仕事を幾度も経験することになってしまった。そうした中で彼の感覚は、尋常ではない方向に研ぎ澄まされてしまったのかもしれない。

ある日、やはり仕事で彼はドイツに赴くことになった。そこでは幸い身の危険を感じることも無く、客先に向かって安心してタクシーで移動していた。

しかし車がとある郊外に差し掛かったところ、彼の耳に突然、たくさんの子供の声が響いてきた。

「助けて!」
「どうして?!」

窓の外はのどかな田園風景が続くばかりで、子供たちの叫び声など聞こえるわけがない。彼はおそるおそる、タクシーの運転手に聞いてみた。

「この辺りで、何か事故や事件はありませんでしたか」
「いやあ、何も特に…」

怪訝そうにタクシーの運転手は首を傾げると、思い出したように付け加えた。

「ああ、そういえばこの近くにね、ナチの強制収容所があったそうですよ」

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帰国した彼とコーヒーを飲みながらそんな話を聞かされていた。最初に書いたようにオカルトの話題が苦手な僕にとっても、彼の話は何だか不思議なおとぎ話のようで、嫌悪感は起こらなかった。それも彼の人柄がなせるわざなのかもしれなかった。

「実は少し以前から、つっちーさんのゆかりの人がそばにいるのも分かるんです。まず、おばあさんですね」

確かに、離れに住んでいた祖母にはよく可愛がってもらった。父親が怒り出すほどの甘やかしぶりだったと思う。

「本当に、目の中に入れても痛くないというほどの気持ちだったようです。『周りはいろいろ言うかもしれないが、この子のやることに間違いは無い』って、信じてくれていたみたいです」

そんな祖母は、実は僕と血がつながっていなかった。父が生まれた後に、祖父の後妻として嫁いで来た人だった。それを知ったのは、彼女が亡くなる数日前だ。

そんな孫をどうしてあそこまで可愛がってくれたのか、今でもよく分からない。

「でも、ちょっと怖い感じもする人ですね」

うん、怒ると本当に怖かったよ。父親より怖かった。

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「それと、これはわりと最近になってのことなんですが…実はもうおひとり、つっちーさんに近しかった方がよく話しかけてくるんです」

話しかけてくるの?見えるだけじゃなくて?

「つっちーさん、若い頃にお店に入ってたんですよね。そちらのママさんじゃないかと思います」

この時点で、ママが亡くなってすでに6~7年程が経っていたと思う。僕がミセコを辞めたのは、ママが亡くなってお店が閉店してしまったからだ。

そしてユウジと知り合ったのは僕がミセコを辞めた後だから、当然、彼とママは面識がない。

「フレディ・マーキュリーみたいな立派な口ひげを生やしていますね。本当に、人が大好きな人だったみたいですね」

ああ、そうか。ユウジのような素直な子は、うちのママに気に入られたろうな。多分、ユウジに話しかけたくて仕方ないんだよ。僕からは「とっとと成仏しろババア」としか言えないけど、まあ仲良くしてあげて。

「ところでなんですけど…つっちーさん、むかし○○さんのことが好きだったって本当ですか?」

えっ。それっておれが20代の頃じゃん。何でそれを知ってるの。

……あ!ババア!!

「はい、教えていただきました。あ、今、口元に手の甲をあてて、とても楽しそうに笑ってますよ」

死んでもペラ子かよ!!

「『あたしの恐ろしさが分かったかしら。これに懲りたらもう少し死者を敬うことね』って言ってます」

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ユウジと分かれて、その晩、彼からメールが届いた。あの場では恥ずかしくていえなかったけど、ママから伝言があったとのことだった。

あんたは私にとって、子供みたいなものだった。もっと話をして、生意気を言い出したらコテンパンに言い負かして、その理屈っぽい鼻っ柱を折ってやろうと思ってた。私がどこか遊びに誘っても、あんたは意地を張って『店で留守番します』って言ってたけど、もっといろいろなところに連れて行ってあげたかった。あんたがどんな世界を作るのか、楽しみにしているわ。

それ以来、ユウジも声を聞くことは無くなっていったそうだ。

ユウジはというと、彼は今、地球の裏側で仕事をしている。いつまでと聞いたら、「早くても定年まで」とのことだった。

優しさと能力を兼ね備えた彼だから、たくさんの連中が彼を利用しようと近づいていた。だけど、そんな人たちに負けることなく、彼もまた、自分の道を切り拓いていた。

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