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ビル・ゲイツが提案する、市場原理とイノベーションで地球温暖化問題を解決する方法(倉田幸信)

倉田幸信 「翻訳者の書斎から」第13回
"How to Avoid a Climate Disaster: The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need"(気候危機を回避する方法:解決策と必要なブレイクスルー)
by Bill Gates(ビル・ゲイツ)2021年2月発売

ものすごく複雑で巨大なことについて、その本質を見抜き、誰にでもわかる簡潔なロジックで言葉にする──。
これは極めて頭が良くないとできないことだろう。ビル・ゲイツは気候変動に関する新著で見事にそれをやってのけた。彼の主張を箇条書きにすればこうなる。

1) 現在、人類が排出する温室効果ガスは年間510億トン。これを2050年までにゼロにしなければ、気候変動による大災害は避けられない。このまま放置すれば、2100年までの死者数はコロナ禍の5倍に達する可能性すらある。

2)「50%削減」など、排出をゼロではなく“減らす”対策は結局問題を先送りするだけであり、意味がない。むしろマイナスである(限りある対策費や人的資源、イノベーションなどが浪費されるから)。

3) これから豊かになろうという国もあるのに、電気を使うなというのは現実的に不可能。温室効果ガスを出さないグリーンな発電方法に切り換えるしかない。全人類の暮らしをまかなえるほどのグリーン発電は、今は不可能だが、イノベーションで突破できる。

4) とはいえ、発電による温室効果ガスは510億トンのうち27%に過ぎない。残り73%(セメントや鉄鋼など材料の生産、農作物の育成、輸送など)をゼロにするには、「グリーン・プレミアム」というアプローチが有効である。

IT業界ならぬ“グリーン業界”が世界の経済地図を塗り替える?

例えば、普通のハンバーガーは100円だが、温室効果ガス排出ゼロで生産された“グリーンな”ハンバーガーが300円だとしよう。この価格差がグリーン・プレミアムだ。いくら地球に優しいハンバーガーでも、通常の3倍の値段を出す人はそうそういまい。だが、グリーンなハンバーガーが120円(グリーン・プレミアムは20%)になれば、こちらを選ぶ人が増えるだろう。グリーンなハンバーガーが90円になれば、これまでのハンバーガーは市場から消える。

このように、あらゆる産業のあらゆる商品・サービスでグリーン・プレミアムを引き下げていくことが、ゼロ・エミッションを達成する実現的な方法だ、とゲイツは言う。なぜなら、グリーン・プレミアムが高いままなら、これから豊かになろうという国々は決してその商品・サービスを自発的に使わないからだ。

もちろん、グリーンな農作物やグリーンなセメントは最初は割高になる。だが、最初の一歩だけ政策支援や補助金で背中を押してあげれば、後はイノベーションと市場の拡大で次第に単価は下がっていく。するとそこにビジネスチャンスが生まれ、投資資金が集まり、グリーン・プレミアムがさらに下がるという好循環が生まれる。その動きを主導するのは、すでに豊かになっている先進国の義務である、とゲイツは言う。

例えば電気自動車では実際にそうした動きが起きている。当初は極めて割高で、政府の補助金などの支援が必要だったが、技術革新(主にバッテリーの高性能化と価格低下)によりグリーン・プレミアムは大幅に下がった。今後は民間主導で市場に任せておけば、世界の自動車から排出される温室効果ガスは確実に減っていくだろう──。

ゲイツのこうした考え方は、イノベーションと市場の力に対する圧倒的な信頼感が背後にある。彼自身、そのようにして巨万の富を築いたわけだし、アメリカではイノベーションが新しい産業を生み、雇用や創業を通して経済が活性化されてきた実績がある。米政府主導の医学研究が製薬業界を活性化し、軍事技術の民間転用でさまざまな商品・サービスが生まれたように──。

この30年間、IT革命とIT業界がアメリカの経済的繁栄を支えてきたのと同様、今後の30年間はもしかすると“グリーン革命”によって巨大産業が生まれ、“グリーン業界”が世界の経済地図を塗り替えるのかもしれない。

世界有数の金持ちが気候変動問題に取り組む理由

ところで、IT業界出身のビル・ゲイツがなぜ気候変動問題の本を書いたのか。

本書の冒頭でその経緯に触れている。ゲイツはマイクロソフト創業者として世界有数の大金持ちになり、引退後は主に慈善活動家として貧困や病気と闘うビル&メリンダ・ゲイツ財団を立ち上げた。そしてアフリカの貧困支援の活動を通して、次第に気候変動問題についての知識を深めていく。そのうち、この問題こそ人類が立ち向かうべき最優先課題だと確信するに到るのだ。

本書の端々から、彼は知らないことを謙虚に学び、純粋な気持ちで貧しい人々のために自分ができることをしようと考えていることが読み取れる。
ゲイツは、彼の主力商品だったWindows OSと同じく、ずば抜けた魅力や華やかさがあるわけではない。だが、世界有数の知名度と財力と影響力を手に入れた後も、奇をてらうことなく自分のできることで世の中を良くしていこうと地道な活動を続けている。おそらくゲイツは自分の人生に満足し、幸運と成功を与えてくれた人類社会に恩返しがしたいのだろう。

私は本書を読んでビル・ゲイツを心から尊敬するようになった。彼のような人物が世界有数の大金持ちになり、健康で長生きしていることは、人類全体の幸運なのかもしれない。

執筆者プロフィール:倉田幸信 Yukinobu Kurata
早稲田大学政治経済学部卒。朝日新聞記者、週刊ダイヤモンド記者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部を経て、2008年よりフリーランス翻訳者。

※同著を植田かもめさんが取り上げた記事はこちら!


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