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台湾映画を個人配給してみたけれど…

 2015年からこれまで、日本劇場未公開や権利切れなどで上映の難しかった台湾映画を何本か自主上映してきた。映画は著作物だ。逆を言うと、本編映像や字幕の著作権にまつわる権利処理と、上映素材の調達と上映会場の問題がクリアできれば、上映はできるということ。(かなりざっくりですが。)私はもともと映画業界の人間ではない、ただの「台湾映画好き」だ。好きすぎて、「なんでこの作品が日本で、日本語字幕で観れないんだろう?」という思いから今に至っている。

 1日限り、1回限りの上映会は楽しい。
 作品を「面白そう!」もしくは「これ見たかった!」と、その日、その時間に都合をつけて駆けつけて下さった皆さんと、ひとつの箱で作品を共有できる体験は、準備は大変だけど(お金も良くて±ゼロ)、それをすべてゼロにできる悦びだった。でもそれと同時に、作品をどんなに見たいと思っても、その日、その時間にその場所に来られる人にしか見てもらえない、というジレンマもあった。

 そして今、台湾映画同好会として初めて配給する台湾のドキュメンタリー映画『日常対話』が、7月31日より封切館のポレポレ東中野で公開中だ。今回、『日常対話』という台湾のドキュメンタリー映画を「配給」というかたちで公開したのは、すこしでも多くの時間と場所をかけて、この作品を沢山の方に見てもらいたいし、見てもらう必要があると思ったからだ。

 『日常対話』はこんな映画だ:暴力を振るう夫から身を守るため、母アヌは娘チェンと妹アグァンを連れて家を逃げ出した。弔い業に対する世間の冷ややかな視線、そして周囲に隠すことなく「女性が好きな女性」として奔放に振る舞うアヌへの偏見。さらに娘たちよりも恋人を優先するアヌに、チェンは次第に不信感を募らせ、母娘関係はいつしか他人同士のように冷え切ってしまう。やがて自らも一児の母となったチェンは、家族の姿を映画に撮ることでアヌの本音を聞き出し、自分の秘密を打ち明ける。

 2019年にアジアで初めて同性婚が合法化された台湾。だが、1950年代の農村に生まれた母アヌが過ごしてきたのは、父親を中心とした「家」の制度が支配する、保守的な社会だった。娘チェンは消えゆく台湾土着の葬送文化<牽亡歌陣>とともに、レズビアンである母の、ありのままの姿を映像に収め続ける。多くを語りたがらない母に、娘が口に出せずにいた想いをぶつける時、世代や価値観を越えてふたりが見つけ出した答えとは── ?
・・・その先は、ぜひスクリーンで確かめて欲しい。

 公開前は、「素人配給日記みたいなのをnoteに書くかー」などとのんきなことを考えていた。が、いざ公開に向けて動き出すと、やることが多くてそんな余裕はなかった。何より、何もかもを「自分一人で決断する」難しさ。たとえば宣材ひとつとっても、キャッチコピーを作るのも、デザイナーさんや予告編制作の方にディレクションをするのも、たとえ誰かに相談に乗ってもらったとしても、最終的な判断とゴーサインは自分で出さなければならない、ということだ。文字校正なんかも同じ。ひとりでただひたすら作業するしかなかった。本当にこれでいいのか?これが正解なのか?という問いが常について回った。同時に、ここまで真剣に作品に向き合うことの許される幸福感も沢山いただいた気がする。

日常対話 チラシ表

日常対話 チラシ裏

 公開日は7月31日。予想に反してオリンピックは開催されたし、コロナ感染者数は日を追うごとに増している。出だしは割とよかったけど、日が経つにつれて、劇場から客足が遠ざかってしまった。個人発信の限界もあって、日々、どうやったら見に来ていただけるのか、今、頭を抱えている。(形骸化した)緊急事態宣言下の東京。出かけるのは何となくためらわれるし、「不要不急」の4文字と大声をだして「来て下さーい」とも言えない微妙な空気に完全に飲まれてしまっているのが何より悔しい。

 映画館は一人客が多い。オンラインでチケットが買えるようになって、ロビーに人が溜まることもなくなった。図書館並みに静かだ。ポレポレ東中野に限って言えば、劇場も換気・消毒に努めているし、お客さんへのマスク着用や手指消毒、体温チェックを徹底した上で、座席数も減らしての営業を、この3週間ずっと見てきた。

 スターが出てるわけでもない、有名な監督が撮ったわけでもない(ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督が製作総指揮、リン・チャン(林強)が映画音楽を務めてはいるが)、ごくごく私的な内容のセルフドキュメンタリー。もちろん、商業向けではないことは重々承知しているが、ジェンダー平等やフェミニズム、LGBTQ+など切り口は多い。そんなにかしこまらなくても、普遍的な親子の物語として、台湾の日常風景がふんだんに映り込んだ(使われてる言葉のほとんどは台湾語だ!)誰でも気楽に見てもらえる作品でもある。

 ・・・というわけで、あまり配給裏話にもならなかったけど、数多ある映画の中で、個人がいろんな思いを抱えながら配給しているこんな作品もあるということで、ちょっとでも注目していただけると嬉しいです。そして予告編などを見ていただいて、この作品に興味を持ってもらえたら、ぜひ劇場に本編を見に来てください!

 ポレポレ東中野ではとりあえず9月10日までスケジュールが決まっています。9月半ばからは、全国順次公開です。

劇場情報等、公式サイトはこちら



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