見出し画像

シーブリーズが無くならない

僕だけだろうか。
シーブリーズが無くならない。
高校2年生の頃から、6年間使っているシーブリーズが無くならない。

シーブリーズの名前くらいは聞いたことがある人が多いと思う。
汗をかいた後につける、いわゆる制汗剤だ。
体につけると、ほてった体の体温をいい感じに奪っていき、爽やかな気分になる。
それが心地いい。
僕も中学の頃から使っている。

ちなみに、英語表記だと〈Sea breeze〉。
潮風、海風という意味らしい。
それくらい爽快感、清涼感があるということだろう。
だけど、使っている内に違う意味に思えてくる。「普段使う頻度・量を考えると海の水くらい大量」という意味が〈Sea〉に込められているのではないかと勘繰ってしまうのだ。
それほど、無くならない。

新しいものがほしいなら、残っててもいっそのこと捨ててしまえばいい。
ただ、中々踏ん切りがつかない。
「6年間の思い入れがあって捨てきれないんです…」という前向きな理由ではない。
思い入れは特にない。
いっそのこと早く使い切って新しいものを買いたい。
でも、残ってるから買わなくてもいい。
そういうレベルの話なのだ。


シーブリーズを使い始めたのは中学1年生の頃。
実は、最初はスプレータイプの8×4(エイトフォー)を使っていた。
運動部だったので、部活の後に使うなら手軽なスプレータイプの方がいいだろうと思った。
というのは建前で、何よりも実家にあったというのが一番の理由だ。
要するになんでもよかった。
「なんかいい匂いがする虫よけスプレーだな」と不思議に思っていたら実はエイトフォーだった、というのが最初の出会いだった気がする。
思春期ということもあり、ちょうど制汗剤がほしいと思っていた頃。
「ちょうどいいのあるやないか」ということで、特に家族の許可も得ず、自分のものにしてしまったのが始まりだ。

エイトフォーを使い始めて気づいた。
周りのみんなは、なぜかシーブリーズを使っていた。
その状況は中学生には耐えがたい。
僕だけスプレータイプ、そして、一人だけエイトフォーを使っていることは、疎外感やシーブリーズへの憧れを感じさせるには十分だったからだ。
すぐにシーブリーズがほしいと思った。
そのためには早くエイトフォーを無くさなければならない。
(今思えば家族に返せよ、という話なのだが。)

「制汗剤無かったら貸すよ!」

良い人ぶった声かけを友達に繰り返し、「ちょ、くさい…!」と友達が嫌がるまで真顔で吹きつけ続けた結果、めでたく使い果たした僕は、シーブリーズを買いに走った。

かくして、念願のシーブリーズを手に入れた。
僕の目はキラキラしていたに違いない。
今度はできれば無くなってほしくない。
待ち望んで憧れていたものだからだ。
例えるなら、公開を楽しみにしていた映画。
それぞれのシーンの1分1分、1秒1秒に五感を集中させるように、限りがあるからこそ大切なのだ。

だが、シーブリーズは意外と無くならなかった。
朝練と夕方練で使っていたにもかかわらず、中々無くならない。
長くても2時間くらいで終わる映画だと思っていたら、5,6時間も続いたようなものだ。
正直「なげぇな」という感想しかない。
限りがあるからこそ、ありがたみや名残惜しさがある。
ただ、シーブリーズは無くならない。
そのせいか、そういった感情はだんだん薄れていった。
後を追うように、シーブリーズへの憧れも希薄なものになっていった。
いったん手に入ると醒めてしまう性格もあるが、プレミア感の無さに気づき始めたことも影響していた気がする。
あんなに憧れていたのに薄情なものだ。
結局、中学時代に消費したのは2本。
その内の1本は高校2年生の途中まで使っていたから、約4年間で2本ということになる。
部活をしていたことも考えると、ずいぶん長持ちだった。


今使っているのは高校2年生の頃買ったものだ。

〈ジェラートチェリーの香り〉

匂いが気に入ったというのもあるが、「推しのスピッツもチェリーって曲あるし、これにするか」という筋が通っているんだかよく分からない理由で買った。

高校では運動部に入らなかったので、中学に比べ使う量も減った。
せいぜい登校したあとに使う程度だ。
しかも、使うのは登校で汗をかくような夏の日だけ。
大学でも運動部ではなかったし、夏以外ほとんど使わない。
そんなこんなで、6年経った今も手元に残っているわけだ。

6年目に差しかかったある日、ふと思った。
まだ制汗剤としての効果はあるのだろうか。
炭酸が抜け、コーラが甘い水になるように、ただのいい香りの液体になっていないだろうかと不安になった。
消費期限は書いていないか、容器をぐるりと見回した。
注意書きや底、ふたを見ても特に書いてない。
一応、甘い香りはするし、肌につければスース―するから効いている、気がする。
だけど、新しく買った方がいい、気がする。
でも、残っている。
本来ならば無くならないでほしいと願っているものが、何の苦労もせず残ってしまっている。
「次何出てくるかな~」と楽しみなはずのコース料理がいつまでも終わらないようなものだ。
正直、タッパーに入れて持って帰りたい。
やはりたくさんありすぎると、ありがたみや名残惜しさが無くなってくる。
シーブリーズは無くならない、が。

ただ、現状をこねくり回していても、らちが明かない。
いっそのこと新しいシーブリーズを買いに行こう。
思い入れの希薄な僕はもうどっちでもよかった。
僕はドラッグストアに走った。

〈制汗剤コーナー〉の一角にシーブリーズは置いてあった。
もはやそんなコーナーがあることも中高生以来忘れていた。
香りは何にしようか。
どうせならジェラートチェリーにしようかな。
香りが好きというのもあって買ったことだし。
だが、ジェラートチェリーは置いていなかった。
それ自体、別に残念ではない。
なぜなら、ずっとほしかった本が売り切れていたとか、ようやく都合が合って会える友達との約束がドタキャンになったとか、そういうショッキングな出来事ではないからだ。
なんなら他の香りにすればいいだけのことなのだ。

ただ、運の悪いことに、僕のアパートの近くにはドラッグストアが3店ある。
もし他の店を確認せず、ここで妥協したらどうだろうか。
香りが好きなわけでもスピッツに関連するわけでもないシーブリーズが、今後6年近くは無くならないことになる。
そして、ヌリヌリするたびに「ああ、今後6年間愛着のない香りを体につけていくんだな」と、能面のような表情を浮かべることになるだろう。
そんな事態は避けなければならない。
僕は別の店へ走った。

結論から言うと、どの店にもジェラートチェリーはなかった。
別に売ってなければ売ってないで構わないものが無かっただけだ。
ただ、いろんな店を走り回ったせいか、少しだけ思い入れがわいてきた気がする。
いや、これは執念だ。
ここまで来たらジェラートチェリーの香りにする。
さすがに、Amazonには売ってるだろうと思い検索をかけた。

ジェラートチェリーの香り

高い。
なんでこんなに高いのか。
店で見る限り、ぜいぜい600~700円のはず。
もう何年も前のものだから生産中止してるのだろうか?
ここまで読んでもらってわかっていただけてると思うが、そこまで調べるほどの興味は無い。

買うか、買わないか。
5秒ほどの長い時間をかけて僕は決めた。
買わない。
なぜなら、シーブリーズは無くなっていないからだ。
きっと清涼感に加え、普段使いなら長持ちするところもシーブリーズの良いところなのだろう。
うん、きっとそうなのだ。


この文章をどう締めようか悩んでいる。
1つだけ誤解してほしくないことがある。
僕はシーブリーズをこれからも使っていく。
体につけた瞬間、ほてった体がひんやりとしていく心地よさを気に入っているし、中学の頃憧れていた気持ちが多少なりとも残っているからだ。
そう考えると、やはり僕はシーブリーズに思い入れがあるのかもしれない。
…と、美談にしたいところだが、やっぱり思い入れは特に無い。

シーブリーズは無くならない、が。


#エッセイ
#大学生
#大学院生
#シーブリーズ
#エイトフォー
#制汗剤
#夏
#部活
#資生堂

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?