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22 言葉と体験

[編集部からの連載ご案内]
白と黒、家族と仕事、貧と富、心と体……。そんな対立と選択にまみれた世にあって、「何か“と”何か」を並べてみることで開けてくる別の境地がある……かもしれない。九螺ささらさんによる、新たな散文の世界です。(月2回更新予定)


「言葉にならない」という言い方がある。
「言葉にできない」という言い方がある。
しかしその二つには、冒頭に「まだ」が付くのだ。
 
まだ、言葉にならない。
まだ、言葉にできない。
 
人生とは、新たな体験に出会い続ける旅でもある。
あれ、あんなところに猫がいる。
あれ、ここにこんな店、あったかな。
「あんな」や「こんな」は、あそこやここの既成イメージが壊れた驚き。
この人、こんなこと言うんだ。
あの人、あんなことするんだ。
それはこの人やあの人への、偏見の崩壊。
 
あれはああいうもの、これはこういうもの、という予断や油断のない、初体験による初感情は、生まれたての赤ちゃん。
よって、丸裸。
その服が、言葉。
着る服がないと、赤ちゃんは風邪をひいてしまう。
 
その子が成長すればするほど、服は外部からの防具になる。
防具のつもりの言葉で、人を傷つけることもある。
防具のつもりの言葉で、人を守れることもある。
 
『北風と太陽』の旅人のように、その防具を脱ぎたいこともある。
それは春先の、ぽかぽか陽気の日。
人生の旅人はふと、自分の防具があまりの重装備になっていることに気づく。
そしてふっと、笑う。
「なんでこんなに自分をガードしてたんだろう……」
そうして防具を脱ぎ肩の力を抜くと、砕けた言葉が口から転がり出る。
そしてそれは、歌になる。
 
ひとりで歌っていると、妖精のような人が来た。
「あなたは、妖精のような人ですね」と言うと、
その人は「あなたこそ」と微笑み、旅人の隣りに座った。

絵:九螺ささら

九螺ささら(くら・ささら)
神奈川県生まれ。独学で作り始めた短歌を新聞歌壇へ投稿し、2018年、短歌と散文で構成された初の著書『神様の住所』(朝日出版社)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著作は他に『きえもの』(新潮社)、歌集に『ゆめのほとり鳥』(書肆侃侃房)、絵本に『ひみつのえんそく きんいろのさばく』『ひゃくえんだまどこへゆく?』『ジッタとゼンスケふたりたび』『クックククックレストラン』(いずれも福音館書店「こどものとも」)。九螺ささらのブログはこちら

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