見出し画像

第11回 脚本家のギャラ事情

[編集部からの連載ご案内]
脚本を担当されているNHK朝ドラ『ブギウギ』もついに終わってしまいました…。有終のステージ、感無量でした(次の『虎に翼』も楽しみ)。そんないま大注目の脚本家・監督の足立紳さんによる、脱線混じりの脚本(家)についての話です。(月1回更新予定)


脚本家っていったいどのくらいのお金をもらっているのでしょうか。脚本家に限らずあの仕事ってどのくらいの収入を得ることができるのだろう、と気になる職業はたくさんあります。例えば、箱根駅伝で活躍するような大学の駅伝部の監督さんはどのくらい給料をもらっているのだろうかとか、大道芸人の方の年収はおおよそいくらくらいになるのかとか、僕は気になっていました。脚本家の収入に関してはどのくらいの人が気になるのかわかりませんが、脚本家になりたい方は大いに気になるところかと思います。

僕の所属している日本シナリオ作家協会の規定によりますと、テレビドラマの最低脚本料は30分枠でNHKが19万円以上、民法各社が18万7500円以上(東京キー局)となっております(いずれもオリジナル脚本の場合)。映画に関してはなぜか記述がありませんが、制作費の3~5%と耳にすることが多いです。これが多いのか少ないのかよくわかりませんが、正直労力に見合っているとは思えません。なぜなら仮に1時間の単発ドラマの企画が持ち上がったとして、最初の打ち合わせからプロット作り、脚本の決定稿まで1カ月で終わるとは到底思えないからです。2~3カ月かかってもまったく不思議ではありません。その場合の最低のギャラは40万円弱ですから到底見合っているとは思えないということです。また「1分1万円が基本」という言葉もよく聞きますがそれなら30分だと30万円になります。上限が決まっているわけではないので、売れっ子の脚本家となると地上波の連続ドラマを書いて1話いくらくらいもらっているのでしょうか。正直わかりません。脚本家の知り合いと話していてもギャラが安いという文句はよく出ますが、「こんなにもらってびっくりした」という言葉はほとんど聞いたことがありません。でも、近ごろ主流の配信ドラマは製作費も相当かけているので、かなりの脚本料が支払われているのではないでしょうか。

どこで作るにせよとりあえずは日本シナリオ作家協会がうたっている最低保証金額を守ってほしいとは思いますが、これも脚本家のキャリアによって差が出てきてしまいます。新人の頃は「え、この最低保証金額にまったく届いてませんけど……」というパターンがほとんどではないでしょうか。いえ、新人でなくともこの最低保証に届いていないこともあります。僕も数年前に脚本を書いた深夜枠のドラマではこの最低金額を大幅に下回っていました。それでもこれだけしかギャラを用意できないと言われたら、あとはその仕事を降板するか、わかりましたと飲み込むしかありません。飲み込むのはダメだと先輩脚本家から言われたこともありますが、その頃の僕はようやく脚本の仕事が来るようになったばかりで、喉から手が出るほど仕事がほしかったので飲み込みました。

今、若い脚本家の方から「ちょっとありえない金額で仕事のオファーが来たんですけど、どうすればいいでしょうか?」と相談を受けたら、僕は答えに窮します。理想は僕のように少しでもキャリアを積んだ脚本家たちが一丸となって、そんなオファーをした会社に対して文句を言えばいいと思いますが、残念ながら日本の脚本家たちは連帯力が弱いです。アメリカの脚本家たちのように一斉にストライキをするようなことはないでしょう。なぜ連帯力が弱いのかと考えると、それは映像作品における脚本家の立場が日本では非常に弱いからだと思います。それゆえに、僕個人のことで書きますと、どうしても自分のことを優先して考えてしまいます。仕事のない時期があまりに長かったために、仕事を失うのが怖くてたまりません。ギャラのことで文句を言うと、仕事を失ってしまうのではないかとの恐怖が今でもあります。なので、率先してまとまろうと言えないのです。

そのことをとても情けなく思いますし、こういう場で文章にすることで「俺だって考えてはいる」とアピールだけはしているというのも格好悪いと思います。格好悪いことを自覚しているということすらもアピールしておきたいさもしさです。などと言い訳めいたことを書きつつ、言い訳だけというのも格好悪すぎますので、この脚本家のギャラ事情について僕がもっとも書きたいことも書いておきます。それは、脚本に進む前のプロットや企画書の段階でのギャラについてです。つまり企画開発費のことです。

企画開発の段階で潰えてしまう映画やドラマの企画というのは山のようにありまして、ちゃんと映像化されて世に出ている作品はその山の一角と言ってもいいくらいです(特に映画はテレビのように番組の枠があるわけではないので、企画が成立するのにとても時間がかかります)。映画やドラマの企画が立ち上がると、それがオリジナルであろうが原作ものであろうが、まずは「プロット」という、物語全体の流れと登場人物のキャラクターがよくわかる文章を脚本家は書きます(というか、書かされます)。そのプロットはA4で5枚くらいのこともあれば、企画が進むにつれて20~30枚になっていくこともあります。20~30枚という長さはもはや短編小説レベルで、その分量を書くだけでも大変です。

僕の場合はこのプロットがうまく書ければ脚本の仕事は8割がた終わったような感覚で、あとは場面とセリフに起こして書いていくという楽しい仕事が待っているだけになります。プロット作りは脚本作りにおける最重要な作業だと言っても過言ではありません。ところがこの最重要な作業に対する費用というものが、日本の映像業界ではなぜだかほとんど確保されておりません。すると必然的に、この重要な部分をキャリアのあるベテラン脚本家には頼まずに、ギャラの安い新人にお願いするということが多くなります。プロットを新人に任せるというのは経験を積んでもらうという意味では良いことだとも思いますので、そのこと自体は否定しませんし、そこからチャンスをゲットして羽ばたいていく新人もいます。ですが、良くないプロデューサーになると、自分が実力を見込んだ新人というわけでもなく、単にギャラが安いからという理由のみで新人を探してきてひどいギャラでプロットを書かせる人がいます。

僕も新人時代に何本もプロットを書きましたが、僕の書いたものを読んだこともないよくわからないプロデューサーからの依頼の場合、プロットを提出したら連絡が取れなくなるということが何度もありました。「プロットが通れば脚本もそのまま書ける可能性もあるから」なんて言葉も何度ももらいましたが、そりゃ可能性だけならゼロではないのでしょうが、そう言っている本人にその気がないのは若手だった僕にもよくわかりました。ちなみにその当時のプロット料というのは、親身になってくれるプロデューサーの方の場合でも何枚書こうが2~3万円くらいでした。こちらは全身全霊で書いていますからヘトヘトになりますし、割の悪すぎる仕事ではありましたが、なんとかチャンスをつかむために必死でした。その必死さに、無意識につけ込んでくるプロデューサーのなんと多かったことか……。あ、ついつい若い頃の恨み節が爆発しそうになってしまいました。ですがもう少し。プロット料は数万円で、そのプロットを書くために調べものやら何やらが必ず発生します。その経費もすべて自腹になります。そんな状況を堂々とうたったところで若い人が「この世界に入りたい!」とは思わないでしょう。

じっくりと時間をかけて面白いものを作るために企画開発にお金をかけるべきということが言いたかったのに、いつものように話がそれてしまいましたが、企画開発費がどうのこうのの前に、キャリアのない若い人からの搾取がなくなるべきです。企画開発にお金をかけないのは、この連載では何度か書いてきましたが、映像になる前の文字の部分を日本の映像業界が軽視しすぎているからです。そしてその軽視は「この程度の脚本でいい」という作り手の志のレベルと、その程度の脚本から量産されるドラマを浴びる観客や視聴者の鑑賞眼を同時に低下させていきます。僕だってその低下している一人だと思います。若い人からの搾取をなくし企画開発の待遇を改善するためには、やはりある程度のキャリアのある脚本家たちが団結しなければならないのだろうと思います。

足立紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。2014年『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、菊島隆三賞など受賞。2016年、NHKドラマ『佐知とマユ』にて市川森一脚本賞受賞。同年『14の夜』で映画監督デビュー。2019年、原作・脚本・監督を手掛けた『喜劇 愛妻物語』で第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。その他の脚本作品に『劇場版アンダードッグ 前編・後編』『拾われた男 LOST MAN FOUND』など多数。2023年後期のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当。同年春公開の監督最新作『雑魚どもよ、大志を抱け!』でTAⅯA映画賞最優秀作品賞と高崎映画祭最優秀監督賞を受賞。著書に最新刊の『春よ来い、マジで来い』ほか、『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』『それでも俺は、妻としたい』『したいとか、したくないとかの話じゃない』など。現在「ゲットナビweb」で日記「後ろ向きで進む」連載中。
足立紳の個人事務所 TAMAKAN Twitter:@shin_adachi_

/ ぜひ、ご感想をお寄せください! \
⭐️↑クリック↑⭐️

▼この連載のほかの記事▼


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?