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それでも僕は、今も親を愛してる

 僕の『養父』は、9回目の殺人を犯したらしい。

「本当に、よく捕まらないよね」
「コツがあるんだよ、コツが。
 何事も、成功するには正しいやり方を知れば何とかなるもんだ」

 個室の居酒屋で、いつものビールを飲み干しながら、今日も養父の自慢話の聞き相手になる。
 すでに養父はビールを何杯も飲み干していて、かなり酒に酔っている。
 その口からポンポンと、大層楽しげに物騒な話を語り続けていた。

 殺す相手の決め方。
 日程や凶器などの計画の立て方。
 当日起きた予定外の事態への対処。

 自信たっぷりに話すその姿は、まるで龍を討伐した英雄のようだった。
 その実態は、僕の嫌いな、最低な殺人鬼なのだけれども。

「……ところでお前さ」
「どうしたの?」
「仕事、上手く行ってるか?」
「もちろんだよ。今日なんか、前に話してた大企業との取引が決まってさ」
「マジで!? あの企業って、世界中で有名なところじゃねえか!! おい、その話詳しく聞かせろよ!!」

 養父が目を輝かせ、こちらに身を乗り出して強い興味を示してくれる。
 今度は、こちらの出来事について語る番だ。

 とはいっても、養父とは違って、こちらはごく普通の会社員の話。
 決して闇取引みたいな、養父に関係してそうな話ではない。
 そんな平凡な自分に、今もなお異常な経歴を更新し続ける養父なんかが、よく出来たなと思う。

 きっと、あの日は死ぬ時まで忘れられない。

 3番目と4番目の標的として両親が選ばれたあの日、今の養父は5人目の標的だったはずの俺に言ったのだ。

『臭くて狭い部屋に、アザと血だらけの小っちぇガキ閉じ込めて、本当に立派な毒親だな。
 はぁ、ヤメだヤメだ。
 もう安心しろガキンチョ。
 俺がお前を立派に育ててやるからよ』

 僕の養父は最低な父親だ。
 僕の本当の両親を奪っておきながら、どうして堂々と生きられる。
 僕と同じような気持ちになる人を、今も増やし続けながらどうして堂々と生きられる。
 僕は間違いなく、こいつを今すぐ警察に突き出すべきなのだ。

……なのに、なのにだ。

「そうかそうか、あの時のガキがこんな立派になるのかよ……!
 乾杯だ! おい、ビールもう一杯!
 お前も、今日は俺が全部奢ってやるから好きなだけ頼め!」
「ありがとう、じゃあ僕もビールを頼もうかな」

 こうして、僕に起こった出来事を、自分のことのように喜んでくれるのが嬉しくて仕方がない。
 前の家庭がおかしいと気づかせてくれた、養父の愛を捨てられない。

「……プハァ! やっぱり良いことがあった日は酒に限る!」
「アルコール中毒で死んでも知らないよ?」
「安心しろ、孫の姿見るまでは死なん。
 血は繋がってねぇけどな!」

 そんな他愛もない話をしていたら、いつの間にか、かなり時間が過ぎていたらしい。
 飲む速度の遅い僕も、かなり酔いが回って来たみたいだった。
 そう感じながらも、僕はもう一度追加のビールを頼む。

 そういえば、いつの間にか毎日ビールを飲むようになっていた。

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