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幸福を求めて

 死神稼業を長年続けていると、様々な死について向き合わさせられる。

「……相変わらず人は度し難い。
 自らが死ぬリスクを認めながら、どうして無茶を続けたのですか?」

「そこに山があるからだよ、パーカー君。だから、俺は今とても幸せだ」

「……死神を愛称で呼ぶ人間は、さすがにあなたが初めてですよ」

「おや、嫌だったかね? 君の着ているパーカーが素敵だと思ったから、そう呼ぼうと思ったのだけれど」

「……いえ、嫌いではないのですが」

 真っ白な病室のなかで、すっかり衰えた体の男が答える。
 その表情は、患者とは思えないほどの強い意思が宿っているように、死神には思えた。

 結構低い確率ではあるが、時々死ぬ間際になると、死神を知覚できる人が一定数存在する。
 今回の彼は、その生涯の全てを登山に費やした人物だ。

 最年少記録、最短記録、最年長記録。
 そういった記録を塗り替え続けて。
 人生のほとんどを山で過ごしていると世間から言われるまで登り続け。

 最後に、下山中に大けがを負ってしまい、入院生活を余儀なくされた。

「もしも、貴方が登山をしない選択を取っていれば、本来は後15年の寿命がありました。
 その15年を、貴方は子供たちやお孫さん、大切な友人と穏やかに過ごすことが出来たのです」

「でも、そこに山はねえんだろ?」

「奥さんに止められ続けますからね」

「なら意味ねぇ人生だな。俺が山で、山が俺なんだから」

「……やはり、人は度し難い」

 ありとあらゆる生命は、死を恐れる本能を持っている。
 それが、種族の繫栄に必要不可欠だからだ。

 しかし、この男のような人間は、いつだって死を恐れることはない。
 それが、死神には不可解であり、この先も解ける気がしない謎であった。

「なに、そんな難しい話じゃねえぞ」

「難しくない、とは思えないのですが」

「自分のやりたいこと、自分の好きなことをやる。
 そうやって生きることが、人生をよりよくするために一番大事なんだ」

「そのためなら、自らの命を犠牲にしても構わないと考えるのですか?」

 いいや違うな、わかってないなと男は言う。

「確かに考えのないやつもいるが、俺は違うぞ。
 すぐに死んじまったら、山に登れなくなって人生の意味を失いかねない。
 だから、登山が出来なくなる可能性はとことん排除していった。
 健康的な食事をする。
 体のトレーニングを常日頃から行う。
 登るときは持ち物を徹底的にチェックしてから始める。
 辛かったけど、好きなことのためなら、なんだってできたさ」

「しかし、それでも死ぬ確率は大きかったでしょう?
 実際、貴方は登山中の不注意で、入院が必須のけがを負った」

「それは仕方がねぇ。
 万全の準備をしても怪我をしたなら、どう頑張っても防げねえだろ。
 だから、この怪我には納得してる」

 そう言い終えたタイミングで扉が開き、看護師さんが病室に入ってきた。
 当然、看護師には死神の姿が見えるはずもなく、頭の中のお友達に話しかけるボケた老人扱いが嫌な彼は、定期チェックが終わるまで無言だった。

「なぁパーカー君」

「なんでしょうか?」

「お前、死神の仕事嫌いだろ」

「……ノーコメントでお願いします」

「なるほど、やっぱり嫌いなんだな!
 なら好きなことを1つ見つけて、それを優先する生き方をしてみろ!
 きっと、俺が登山に人生かけた理由もわかるだろうからな!」

 ⭐︎

 彼と言葉を交わしたのは、あれが最後だった。

 今日も、死神稼業を続けている。

「おっはよーございまーす! ……あれ、先輩今日はいつものパーカーじゃないんですね」
「えぇ、少しお金を出して良いものを買ってみました」

 好きなことを見つけて、優先してみろ。
 彼の最期の言葉を、どうしても忘れられなかった。

 その模索の末に見つけたのが、好きなデザインのパーカーを集めること。
 初めての高い買い物には勇気を必要としたが、案外満足度は高い。

「ふーん……なら、今度いいお店を紹介しましょうか?」

「!? 良いのですか!?」

「うわー、別人みたいに食いつきが凄い……。
 えぇ、勿論です。
 今度の休みの日に、一緒に行きましょうね!
 約束ですよ!」

 後輩の思わぬ提案に、死神は穏やかな笑みを浮かべる。

 死神が、生きる楽しさを感じることは、トンチンカンに思えるけれど。

 まぁ、悪くない日々になったと、ぼんやりと流れる雲を見上げていた。

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