今日僕はちくわの中身を覗いてしまった
しかし、何も起こらなかった。
僕は、ちくわの中身を覗いてしまったのに。
「まあ、そんなもんだよな」
ふと、いつか見ていたCMのことを思い出していた。
幼い子どもが、ちくわの輪の中をおそるおそる覗き込む。
すると、魚から、ちくわが作られていることを教えてくれる不思議な映像が流れる。
それを見た子どもは、驚きのあまり、ちくわから離れていってしまうといったCMだったはずだ。
キャッチーなフレーズが印象的だったのを覚えている。
「って、ふざけてる場合じゃなかった。
さっさと作って食べないと、寒くて寒くて仕方がない」
ちくわを手早く切って、他の食材もパッパと入れて、食事を1人分だけ用意する。
今日の晩御飯はおでんだ。
冬の寒い日に食べるおでんは、やっぱりとても温かく感じられた。
☆
しかし、何も起こらなかった。
僕は、ちくわの中身を覗いてしまったのに。
「……あなた、何をしているの?」
「いや、何でもないよ。
少し、昔放映していたCMのことを思い出したんだ」
きっと、料理中にちくわを覗き込んだ僕のことが、かなり奇怪に見えたのだろう。
生涯を共にするようになった妻が、とても怪しい物を見る目をしながら話しかけてくる。
「そのCMって、ずいぶん懐かしいわね。
もう、10年以上はあのフレーズをテレビで聞いていない気がするわ」
「そうなんだよ。思い出すと、ひどく懐かしく感じるよな」
「だからと言って、実際に覗く人はいないでしょう?
あなたって、本当に不思議な人ね」
そんな風に会話を楽しみながら、以前よりも量が増えた食材を、時間をかけながら調理する。
冬の寒い日に妻と食べるおでんは、やっぱりとても温かく感じられた。
「……何も起こらなかったけど、変わっていることはあったな」
思わず、そんな言葉が口からこぼれていた。
また、妻から不思議な人ねと言われてしまった。
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