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◆遠吠えコラム・映画「RRR」・「悲しみの歴史を殴り飛ばせ!踊り倒せ!」(※画像は映画公式ホームページより)

 映画「RRR」を長野県上田市の上田映劇で鑑賞した。『バーフバリ 王の凱旋』のS・S・ラージャマウリ監督の最新作で、昨年から話題だったものの上映館が限られていてお目にかかれなかったが、とうとう、鑑賞できた。

 物語は1920年代、大英帝国植民地時代のインド。主人公は、英国軍に奪われた最愛の娘を取り戻すために立ち上がったラージュと、一族の「宿願」のためイギリス軍に所属しながら虎視眈々と機会をうかがうビーム。一人の少年の命を助けたことをきっかけに2人は出会い、友情が芽生える。互いの素性や本当の目的を知ることなく交流を深める2人だが、本来は敵対する立場。ある事件をきっかけに、友情と「使命」との狭間で揺れながら、拳を交えることになる。

 主人公の2人は、英国からの独立のために戦った実在の人物がモデル。史実上の2人はそれぞれ異なる時代に生まれたので、実際には出会っていないし、いずれも英国軍に敗れて死んでしまっている。そんな悲劇のヒーローである2人の物語を、映画では、大迫力のアクション、大爆発の戦闘シーン、情熱的な歌とダンスと共に描き、史実とは異なる結末を迎えている。にぎやかなシーンが盛りだくさんで、3時間という長大な上映時間にも関わらず最後まで飽きなかった。アカデミー賞の賞レースにも参戦しているこの作品を語らぬ手はない。いつもよりご機嫌遠吠え行ってみよう。踊るマハラジャ!

【数千人対1人!動物大集合!弓と槍で大英帝国に挑む大興奮のアクション】



 本作は冒頭からアクションがすごい。イギリス軍の軍人ビームが、数千人の独立運動家たちを相手に、木製の警棒1本で大立ち回りを演じる。しかも、たった1人で。棒で殴った時の「ボキ」っという骨が折れたかのような打撃音、突き飛ばした人間が岩にたたきつけられた時の「グシャッ」という衝突音などが、戦闘の激しさを物語る。ビームは数千人にもみくちゃにされ、ぼこぼこに殴られて体のあちこちから流血しながらも、独立運動の扇動者である男めがけ、鬼のような形相で突進していく。一騎当千のアクションシーンは数あれど、ここまで泥臭く、無謀な戦闘は見たことない。数千対1人という圧倒的不利な情勢を、こともあろうにひっくり返してしまうのだ。戦国無双かよ!
 
 対するラージュは、娘を救うために首都デリー周辺で暗躍しながら、虎やクマ、狼たちと戦って倒し、次々と味方につけていく。金太郎か!さらわれた一族を取り戻すためなら、あらゆる手段を駆使し、どんな強大な相手にも立ち向かい、地の果てまで追い詰める。「羊飼い」ラージュの伝説は、イギリス軍をも震え上がらせる。羊飼いへの対抗戦力として英国軍が差し向けたのが他でもない、ビームだった。

 剣戟を交えるはずだった2人だが、英国軍の思惑とは裏腹に、鉄道事故に巻き込まれそうになっていた少年を救ったことを機に、仲良くなってしまう。筋骨隆々で二枚目な男2人が、野山で追いかけっこをしたり、肩車をし合って体を鍛えたりと、多幸感と汗臭さに満ちたほほえましい光景が、インドカレー屋でよく聞くようなにぎやか全快の音楽と共に繰り広げられていくのである。

 固いきずなで結ばれた2人に、「運命」の時が訪れる。ラージュは、仲間の逮捕を機に英国総領事館への攻撃を決行する。公邸へ単身で突撃していったラージュのお供を務めたのは、なんと、これまで仲間にした動物たち。英国軍へとびかかっていくラージュの背中越しに、虎や狼、象、無数の蛇たちが檻から放たれ、銃剣を携えた英国軍に突進していく。近代装備の軍隊を、自然の猛威が圧倒する。

 英国は植民地時代に現地住民が恩恵を受けていた森を切り開き、綿花や茶の栽培のためのプランテーションにしてしまった。近代化で自然を破壊し、現地の人々の自給自足生活を奪った。あの動物大集合のシーンは、そんな植民地に対する現地住民の、近代化によって破壊された自然の怒りを表現しているかのようだった。英国軍よ、自然の怒りを思い知れ!

 ただ、ラージュの奮闘もむなしく、一騎当千の戦闘力を誇るビームが立ちはだかる。敵軍として登場した友人に動揺し、ラージュは逮捕されてしまう。しかし2人は後に互いの「宿願」を知ることとなり、共闘。自らの大切な家族を、一族を虐げてきた英国軍へ戦いを挑む。近代装備の英国軍に、彼らはなんと、筋骨隆々の肉体と弓矢で圧倒する。ビームが足を負傷した際には、ラージュが彼を肩車で担いで戦う。肩車なんてしたら戦いにくいだろうに、「合体」した2人の力は倍増した。物語の最後には、総領事館を破壊し、英国総督をぶっ飛ばし、インドの独立を成し遂げる。

 史実上の2人はいずれも「革命」を成し遂げることなく、志半ばで英国軍に殺されてしまう。インドが独立を果たすのは彼らが生きた時代のもう少し後だ。そんな悲しみに満ちた歴史に、映画というフィクションで立ち向かう。クエンティン・タランティーノの「イングロリアス・バスターズ」、「ワンスアポンアタイム・イン・ハリウッド」などを彷彿とさせる。

 車やバイク、建物など度重なる爆破、おびただしい数の兵士たちと盛りだくさんの大掛かりな戦闘シーンの数々は、この映画の莫大な製作費を容易に想像させる。最終的に本作にかかった製作費は日本円で約88億に上るという。あの「ドライブ・マイ・カー」(約8億円)が10本撮れる!すごすぎる!

【悲しみの歴史を踊り倒せ!!!ナートゥ・ナートゥ!】

 特にぐっと来たのが、主人公ラージュが英国総領事館公邸のダンスパーティーでインドの伝統舞踊と思しき情熱的なダンスを披露するシーンだ。欧風のタンゴやフラメンコといった雅やかなダンスと社交界特有のスマートなマナーを理解しないインド人のラージュを、英国紳士たちは蔑む。そんな様子を見て、インド人の尊厳を示すためにビームが奮起。タキシード姿のドラム奏者からスティックを取り上げ、インド舞踊の拍子を奏でてラージュに踊るように促す。ビームに背中を押されたラージュは、砂埃が舞うほどに激しく、力強く地面を蹴って舞う情熱的なダンスを披露する。その場にいた英国夫人はラージュの踊りにうっとり。紳士たちの静止を振り切って自らもインド舞踊を踊り始める。一人、また一人と英国夫人がインド舞踊の虜になっていくのを見て、英国紳士の騎士道精神に火がつく。ラージュとビームに対抗心を燃やす英国紳士たちもタキシード姿で「ナートゥ・ナートゥ」を踊り出す。たちまち公邸に集まった紳士淑女皆が一様にインド舞踊を踊り始める。


 インドの古典的な踊りの多くは、英国植民地時代に蔑まれ、著しく衰退している。インド舞踊が再び息を吹き返すのは、インドが英国から独立してからのことだ。ただ映画では、植民地時代に冷遇されたインドの伝統舞踊が白人たちの文化に逆襲を仕掛ける。力強いステップと情熱的な踊りが、英国の紳士淑女を虜にし、公邸中の英国人たちを席巻する。悲しみの歴史を踊り倒す。

 「ナートゥ・ナートゥ」はSNS上で大流行し、さまざまなパロディ動画がつくられている。英国植民地時代に一度失われかけたインド舞踊が、今や世界を席巻している。そして映画「RRR」はゴールデングローブ賞で歌曲賞を受賞し、放送映画批評家協会賞で外国語映画賞を受賞するなど、米アカデミー賞の前哨戦となる賞レースでも善戦。先日、米アカデミー賞ノミネーションが発表されたが、「ナートゥ・ナートゥ」は歌曲賞にノミネートされた。インド映画初の快挙という。「ナートゥ・ナートゥ」がハリウッドを席巻するか。
(了)

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