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【Bar S 】episode10 結婚の行方



この日も仲良しカップル ケンとムツミは一緒にやってきた。

ふたりはこの街で一番高級なマンションに住んでいた。まだ結婚はしていないが、その内になんて言葉もちらほら出ていた。

ふたりのなり染めはというと

ケンが1週間の休みの間、実家のある東北へ帰った初日に、バーのカウンターで隣合わせになった。ふたり共、友達1人連れていた。席が隣同士という事もあって2対2でのお喋りとなった。ケンはムツミの事を気に入り連絡先を交換した。次の日からふたりはケンの滞在期間の1日前まで毎日会った。ケンは東京に戻る前の日、ムツミに告白した。

「明日、俺と一緒に東京へ来ないか⁉ そのまま向こうで一緒に暮らそう」

ムツミはその誘いを受け、次の日 必要最低限の荷物を纏め、ケンと一緒に東京の高級マンションの一室へと引っ越したのだった。

ふたりで住み始めて間もない頃から、ふたりは結婚を考えていたようだった。

ケンは東北生まれの35歳。身長162センチ。IT系の会社を知人と一緒に立ち上げ成功していた。過去には小説を出版したり、バンドのギターでメジャーデビューした事があったが、どちらもすぐに諦めたらしい。基本は大人しいが、身長のコンプレックスもあってか、それとなく他人のマウントをとりたがるところがある。
ムツミも東北のケンと同じ地域の生まれ24歳。身長158センチ。鬼太郎に出てくる猫娘に似て、目がパッチリしているのが印象的。一見、芯が通って気が強そうに見える。

ムツミはケンと一緒の時には、無口なケンを気遣うように静かに話しかけていた。それに対してケンは短く返事をするのだった。ムツミは歳の割りに周囲にも気を配れる、しっかりと礼儀や常識を身につけた女性だったから、私も気に入っていた。

常連の誰もがふたりの事を優しく見守っていた。


ある日の深い時間。ケンが珍しく酔っぱらった状態で一人で現れた。会社の仲間とずっと呑んでいたようだ。

ケンは一番奥の席に座ると、いつものハイボールを注文した。

「マスター 俺、今日あのマンションに帰らねぇ」

何があったのか訪ねると、数日前に喧嘩をして それから家の事を一切やってくれなくなり、食事も別々 自分もそれから話しかけてさえいない という事だった。

その日、ケンはビジネスホテルに泊まり、本当にマンションには帰らなかったようだ。


それから3日後、今度はムツミが一人で現れた。

「マスター、ケンちゃん最近お店来た?」

前日も来ていた。友達を連れて変なテンションで騒いでた。

「おう、昨日も来てるよ! なんかマンションに帰ってないらしいね。何があったの?」

ムツミは、みかんサワーをひと口流しこんでから話し出した。

「ケンちゃんたらね、いつも結婚の話しになったら、話をはぐらかそうとするの。私もいろいろ考える暇もなく、ケンちゃんについて来ちゃったけど、ずっと一緒にいるんだったら、早く子供も欲しいし。直ぐにすぐという話はしてないのに、最近では本当に結婚する気があるのか不安になるの。だからこの前、思っている事ケンちゃんにぶちまけたんだけど 相変わらずの反応で、頭に来ちゃってケンちゃんの事 全部やってあげるのやめてみたの。そしたら今度はケンちゃんが一言も口きかなくなっちゃって、その次の日から家に帰って来なくなって 電話もLINE もまるっきり無視。」

ムツミはそこまで一気に喋ると、グラスに口をつけまた喉を湿らせた。

「マスター ケンちゃんから何か聞いてる?私とどうしたいとか」

前日、ケンは帰りがけに私に洩らしていた。

「もう別れたい」

私はムツミに

「喧嘩した事は聞いてるけど、、、自分から謝るのが嫌なだけじゃないの。暫くしたら戻って来るでしょ」

と無責任に答えた。


ケンはその1週間後にマンションへ戻ったらしい。ふたりはその日、話し合い 別れる事となった。ムツミはケンのマンションから出るまで1ヶ月かかった。

その間も、ふたりは別々に店に訪れた。何回か一緒になった事もあったが、あまりにもまわりの常連が気を使うので、私はわざと

「おっ 元カップルがお揃いです」とか言ってちゃかしてあげた。ムツミは切り替えが早いようで、

「まだ一緒に住んでますけどね!」と言って大声で笑っていた。

ケンはそんなやり取りに苦笑いするだけだった。


ムツミはケンのマンションを出たあと、隣街に引っ越して行った。

2ヶ月くらいして、会社の同僚だという男性とひょっこり現れた。それからも1週間に1度くらいのペースでその同僚と店に来るようになった。

ムツミはケンと一緒にいた時とは違い、自分を解放して 思った事をはっきり言うようになり、その同僚には心を許して楽しそうに笑っていた。ケンといる時には自分を抑えて、ケンの求める女性になろうとしていたのだ と話していた。


ふたりで現れるようになって1ヶ月半くらい経った日曜日の夕方、ムツミ達ふたりが店で呑んでいるところに ケンが入ってきた。

ケンは入り口で一瞬、立ち止まったが そのまま入口に一番近い席に座り またいつものハイボールを注文した。

私がハイボールを作り終えケンにジョッキを渡すと、ムツミが

「マスターも一杯どうぞ」と酒をすすめてくれた。

私は遠慮なく、ウイスキーの水割りを自分用に作った。するとムツミが

「今日はマスターに報告があります。私、この人と結婚することになりました。だからお祝いのカンパーイっ!!」

えっ と思いながらケンの方を私は見た。ケンはやっぱり苦笑いするだけだった。

私はムツミに急かされて乾杯した。ムツミの旦那になる男とも。

乾杯したあと、ふたりは一気にグラスを空け、ムツミは男の左手をとり、自分の左手と並べ 私に向かって見せると言った。

「凄くやっすいヤツだけど、婚約指輪もらっちゃった。いいでしょー カワイイでしょー」

ふたりだけで居る時なら素直に「おっ いいねー おめでとう」と祝福してやれるのに、何故。

すると、ケンが

「マスター ふたりに一杯づつと、あと自分とマスターにも作ってください」

と、感情を抑えた感じで言った。

私はしばらく考えて

「じゃあ折角だからシャンパン開けちゃおう! これは私とケンからのお祝いという事で」

ケンは黙って頷いた。結婚するふたりは顔を見合わせ、

「じゃあ折角だからいただきます」と言った。


4つ並べたシャンパングラスにピンクの液体を流し込んでゆく。

その様子を他の3人は真剣な表情で見つめる。

注ぎ終わると、ケンが奥の方に移動してきて、ふたりにグラスを渡した。自分のグラスを目一杯上に掲げ、

「ムツミ 結婚おめでとーっ 幸せになれよーっ!!」

普段聴かない大きな声で、ケンは祝福の言葉を送った。


ふたりはとても幸せそうに「ありがとーっ!!」とケンに負けない大きな声で、ケンのグラスにグラスを合わせた。

遅れて私も「みんなおめでとーっ!!」

と、3人のグラスにグラスをぶつけた。次の瞬間、4人のグラスからピンクの液体が頭の上で飛び散った。そしてみんなの笑顔も弾けたのだった。




ーepisode 10 おわりー




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