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無花果の季節(季節の果物シリーズ③)


「ねえ、イチジクって夏に実がなる種類と秋に実がなる種類があるのって知ってた?」

僕に質問しながら、あなたはイチジクの皮を片側半分だけ剥き、テーブルの上にティッシュを引いてその剥けた皮を律儀に並べていた。

「知らなかった」

「夏に実がなるのを夏果専用種って言って、それが6月から8月頃で、秋果専用種は8月から11月くらい。夏果の方が実が大きくて、秋果の方が甘いのよ」

「へー、さすが果物農家の娘だね。じゃあ、今は10月だから甘いイチジクってことだよね」



夏休みが終わって、僕は大学に通うために東京にあるアパートへと戻っていた。
それからあなたと会うのは今回が2度目。
もっと会いたくても、学生の身分ではそう頻繁に会いには行けなかった。


僕はあなたがイチジクにかぶりつくのをチラ見しながら、9月の後半にあなたと会った時のことを思い出していたんだ。

その時には僕の方が、あなたのいる静岡へと向かった。
夜の防波堤で、座ったまま僕はあなたに口づけをした。
少しだけあなたの唇の奥へと舌を差し入れると、甘い味がした。
それはまるで梨の果汁のような甘さだったのを覚えている。

「ねえ君、今、いやらしいこと考えてたでしょ! なんだか一人でニヤニヤしちゃってさ」

「いや、このイチジクが美味しいなって思ってただけだよ」


そのころ僕は、あなたとこの先ずっと良い関係を続けられるのかを不安に思っていた。
僕より一つ歳上のあなたは、次の春には社会人となる。
働き始めれば、僕なんて簡単に捨てられてしまうかもしれない。
僕はそう勝手に思い込んでは卑屈になっている節があったんだ。


次の日、あなたを連れて浅草観光をしたね。
浅草寺であなたにせがまれて、おみくじを引いたら凶だった。
いつもはそれほど気にしないのに、その日は真面目にへこんでしまったんだ。

仲見世通りであなたは人形焼きと七味を土産に買い、ホッピー通りの端にあるうどん屋へ入ったよね。
僕のオススメで、かけうどんとハーフサイズの煮込み丼のセットを注文したんだった。

出汁の効いたうどんはいつもの様に美味しかったし、しっかりと煮込まれた牛スジの煮込みは口の中でほどけ、タレの染みたご飯も絶品だった。
あなたも喜んでくれていた。
それでも僕の気分は晴れずにいた。

店を出た所で声を掛けられ、小さな劇場に入った。
それは若手の芸人さん達のお笑いライブだったが、独特の緊張感と引きずっているモヤモヤで、僕は笑うことが出来なかったんだ。


あなたが帰る時間までまだ少し余裕があったので、隅田川の川沿いの遊歩道を手を繋いで歩いた。

「どうしたの?君、今日ずっと元気ないみたいだけど」

心配そうに訊ねるあなたに、僕はその時の不安をすべて話した。

「バカねえ、そんな心配することないのに」

あなたはそう言って、ベンチで項垂れる僕の頭を胸に抱き抱えてくれたよね。

あなたの優しい気持ちと、その言葉を100%には信じきれないでいるごちゃごちゃとした感情は、前の日に食べたイチジクの、あの甘さだけではない複雑な味に似ていると、その時ふと僕は思ったんだよ。




❮無花果の季節❯おわり



季節の果物シリーズ①

https://note.com/tyottohen03/n/nb01616c0a335


季節の果物シリーズ②


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