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夜記・ふくらはぎ

新宿駅の山手線のホームへと上るエスカレーターに乗っている。
全くざわめきが聞こえず、辺りはシンとしていた。
新宿駅がそんなに静かなわけがない。
私の乗っているエスカレーターの4、5段前に中年の男性が立っていた。あれはバミューダパンツというのか、膝が出るか出ないかくらいの短いズボンを履いていて、だから特に意識して見ていたわけではないのだが、自然とその男のふくらはぎが視界に入った。
左のふくらはぎは特に何もなかったが、右のふくらはぎが妙にデコボコしている。
ピンポン玉より少し小さいくらいのふくらみが四つか五つあった。
見て気持ちのいいものでもなかったので目をそらそうとした時、そのふくらみが動いたような気がした。
よく見ると右ふくらはぎの四つか五つのふくらみが、ゆっくりうねうねと動いている。
驚いてそのうねうね動くふくらみを見つめていると、右のふくらはぎのちょうど真ん中あたりに、左から右へスーッとカッターナイフで切ったように横一文字にパックリと切れ目が入った。長さは10cmほどだろうか。
血は出てこない。
しかしうごめくふくらみに合わせてその横一文字の切れ目もうねうねと動き、その奥が赤いのが見える。
クチャクチャと音がする。
気味が悪くて髪の毛が逆立つように感じたが目が離せなかった。
切れ目はうねうねと動き続ける。
なんだかまるで口みたいに見えるな、と思った時、そのうねうねと動いている切れ目から、子供のようなか細い声が「ダレニモイウナヨ」と言うのが聞こえた。
足の持ち主は動いていない。
怖くなって目をそらし、自分の足元に目を落とした。
その後、その切れ目は言葉を発することはなく、ただクチャクチャという音だけが続いていた。
早くこの場所から逃げ出したかったが、動けない。
ホームに昇るだけなのだからそんなに時間がかかるわけがないのに、なかなかホームに着かない。
何故ホームに昇るのにこんなに時間がかかるんだろうと思いながらうつむいてエスカレーターに乗って静かな新宿駅を昇り続けている。

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