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夜記・碑

なにか「地域の歴史を学ぶ会」みたいなものに参加しているらしい。
人数は全部で十人ぐらい。
ほとんどが高齢の男性で、一人だけ30代くらいと思われる女性が混じっていた。
案内人みたいな男性がいてそれは40代くらいだろうか。
その案内人に連れられて街の中をぞろぞろと歩いている。
そのことがなんとなく恥ずかしいような気がした。
みんな手帳みたいなものを持っていて案内人が何か言うたびになにやら書き留めている。
それもなんだか恥ずかしかった。
一人しかいない女性に、周りの男たちがなにかと話しかけたがるのが、ひどくみっともなく思えたが、自分もその女性と話してみたい気持ちはあった。
案内人の後についてラーメン屋の角の細い道に入っていった。自分も一番後ろからついていった。
ラーメン屋に並んでいる若者たちの視線が恥ずかしかった。
少し歩くと皆が立ち止まったので自分も立ち止まった。
むき出しのコンクリートの壁に、白いスプレーで何か書いてある。アルファベットを丸っこくデザインしたようなものが多い。街中でたまに見かけるような落書きだった。何が書いてあるのかは読み取れない。
「◯◯が」と案内人が言った。
◯◯は誰か昔の人の名前らしかった。
「××の誓いを立てたのがこの場所だ、と言われています」
「ああ、ここで」と感心したように誰かが言った。
「これがその碑です」と案内人が言った。
思わず「へっ、これが?」
と声が出てしまった。やや笑いの含んだ声になった。
どう考えてもただの落書きにしか見えない。
「なにか?」と案内人が言った。
険のある声だった。
「あ、いえ、でもこれは」と言いながら、もう声を出してしまったことを後悔していた。
周りからの冷たい視線を感じた。
「次に行きましょう」と案内人が硬い声で言って歩き出した。
みんなぞろぞろと付いていく。
どうしても腑に落ちない気持ちで壁の落書きを見ていると、先に行っていた案内人がこちらを振り向いて、「興味が持てないのなら一緒に来ていただかなくてもいいんですよ」と言った。
「あ、いえ、そんなことは・・・」ともごもごしていると、あの30代くらいの女性が「恥ずかしいと思うのならなんで参加したのかしらね」と聞こえよがしに言い、周りの男たちもそれに賛同するようになにかブツブツと言った。
みんなそのままどんどん向うに歩いて行ってしまう。
一人だけおいていかれたくはなかったので、早足で追いかけた。
でもなかなか追いつけない。
内ポケットから手帳とボールペンを取り出して、◯◯の××の誓いと書きとめようとしたが、早足で歩きながらなので上手く書けない。
何度も書き損じてしまい、ページをめくって書き直そうとするがまた書き損じてしまう。
必死になって追い付こうとしながら、手帳にちゃんと書こうとしながら、早足で歩きながら、泣きそうになりながら、

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