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夜記・棒人間

近所のコンビニに行こうかと思っていたら雨が降り始めた。
窓の外を見ると、あたりが白くぼやけて見えるほどの激しい雨で、圧迫感の有る雨音が怖いくらいだった。
少しして、雨音がすこし小さくなったかな、と思ってもう一度窓の外を見ると、もう雨が上がっていて強い日差しが差してきた。
コンビニに行くことにした。
マンションのエントランスの方ではなくて裏の駐車場の方から外に出る。
駐車場から裏手の路地に出るところは少し下り坂になっていて、今まで降った雨水が勢いよく路地の方へ流れ降りていた。
余り靴を濡らさないように注意しながら路地に出ると、マンションの塀のそばに3階の水口さんの奥さんが立っているのが見えた。
路地の側溝はほとんどがコンクリートでふさがれているが、一ヵ所だけ金属製の格子がはめ込んであるところがあって、路地に流れて来た水がその格子の中に勢いよく流れ込んでいる。
水口さんの奥さんは路地の脇にうつむいて立っていて、水が流れ込んでいく様を眺めているようだった。
雨水と一緒に枯葉やタバコの吸い殻やコンビニ袋などのゴミも一緒に流れて来て、その格子の部分に溜まっている。
その雑多なゴミの中に、白い棒人間が混じっていた。
頭の先から足の先までで20センチくらいだろうか。
体と手足は真っ白な細い棒で出来ていて、頭だけが丸い。
頭もやはり真っ白で、ちょうどマシュマロくらいの大きさだった。マシュマロにサインペンで描いたような目と口が見えた。
その白い棒人間は側溝の金属製の格子の上で、よろよろと緩慢な動きで、水に流されて側溝に落ち込むのに抗っているようだった。

水口さんの奥さんは、その白い棒人間をじっと見ているのだった。
ひどく熱心に見つめている様子で、私がかなり近づいているのにこちらには全く気付かない。
私が声をかけようか迷っていると、水口さんの奥さんはすっと左足を前に出して白い棒人間の上に足を置いた。
そして左足に体重をかけ、捨てた煙草の火をもみ消すときのようにゆっくりと踏みにじった。
ぽきぽきと、棒人間の体と手足が折れていく音が私の耳にも届いた。
そして、きゅう、という甲高い細い声が一度だけ聞こえた。

思わず息をのんだ時、水口さんの奥さんが初めてこちらに気が付いて振り向いた。怒りと恥ずかしさが入り交じったような表情。
そしてすぐ、逃げるように向こうへ行ってしまった。
声をかける暇もなかった。
側溝の金属製の格子に目を落とすと、短い白い棒が何本かゴミに混じっているのと、格子に白いガムみたいなものがへばりついているだけで、最初からそういうゴミだったようにしか見えなかった。

白い棒人間を踏みにじったのは3階の水口さんの奥さんであって私ではない。
しかし目が覚めて、自分の左足の裏に、白い棒人間の体がぽきぽきと音を立てて折れていく感触がはっきりと残っていてその感触がなかなか消えてくれない。
そしてあの、きゅう、という声が耳について離れない。

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