フォローしませんか?
シェア
この記事はメンバーシップに加入すると読めます
《一》 もう、限界だった。 思い当たる節なんて、腐るほどにある。 責任の重圧や周囲との人間関係、金銭問題、自己嫌悪。無限のストレッサーに心を病んだのだろう。影太はぼんやりとした足取りで、ひび割れたアスファルトの上をさまよう。 気休め程度に着けていたイヤホンからは、適当に流したランキングトップのバラードが流れている。いやに陰気に聞こえるのは世間の流行のせいか、それとも自分の気持ちのせいか。 気がつけば手すりを越え、遠い空を眺めていた。一二月の夜風が頬を撫でる
絶えずあふれる喧騒、人の波、無機質な車輪の回る音。 ついに。ついにこの日が来てしまった。 あの依頼を受けてから丸一週間。地域の特定、ホテルや新幹線のチケットの手配を報告は驚くほどスムーズに進んだ。本当に、嫌になるほどだ。この話が白紙になってくれないかと何度願ったことか。 重いため息が漏れる。 集合場所は東京駅の新幹線入り口、時間は十一時を予定している。だが、むずむずと疼く心臓に急かされ、予定よりも1時間早く事務所を出た。そのせいで四十分近くこの場所に発ってい
今から十数年前、戸津ケイヤはこの小さなベッドタウンにやってきた。 劣化で濁った、外壁と蔦が印象的な古びたビル。その一室が、彼にとっての初めての城だ。上京して間もない頃、新宿のゴミ捨て場で昼間から酒を飲んでいた、暇そうな中年男性から格安で借りたテナントだった。あの時の自分は、身一つで都会に乗り込んできた無一文。これからの人生設計などほんの少しも立てていない考えなしの若造が己の衝動のままに開いたのが、この戸津探偵事務所なのだ。 事務所を構えて直ぐ、思い知らされたことがある