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『アメ横・ハイドロ・ゾンビパウダー』

 「乾しスルメを新鮮な生イカ状態まで戻す方法を知ってるか?ポイントは重曹だ。重曹と共に水で一晩じっくりと戻す。これだけでまるで生きているような弾力を取り戻す。そいつを刻んで炒めても良し、刺身にしても良し、俺はネギ塩で炒めるのが大好物だ、オラッ!!」

 僕に業務説明をしながらモスグリーンのエプロンにキャップ姿のチーフが出刃包丁で巨大スルメ触手を弾き逸らす。水面から上だけで3mに達する巨大スルメ触手群は悲鳴を上げて一時退散、周囲に散って包囲体制に戻る。

 「知っての通り例の超大型台風でアメ横が沈んだ。そこへ突風で政府の重曹運搬鉄道が横転転落し……御覧の通り乾物横丁は生ける乾物のサルガッソーとなったわけだ」

 逃走する二人乗り水上ホバーターレは水飛沫を上げて急ドリフト、林立する吸血ジャイアントケルプの食刺をジグザグ避けながら説明を続ける。

 「OJTにも程があるが、上野水没都市(アンダーシティ)からの求人を受けたからには覚悟してもらうぞ。質問はあるか?」

 「これ、ほんとうに重曹なんですか?」

 「知るか!そういう名目じゃないと労災が降りないんだから我慢しろ!」

 僕はグローブとキャップを締め直し追いすがる新たな正体不明巨大触手へ出刃包丁を向け振動機構をアクティベートする。

 「仕方がない。お前ら、僕が喰ってやるから安心して切られろよ!」

◆◆◆

 上野水上都市(ジュラク)。
 深夜、閉館中の国立博物館。明かりが灯った無人の守衛所からラグビー中継の音声が聞こえてくる。恐竜標本の前に一人の男の姿が見える。彼の手は血にまみれ「重曹」をカムイサウルスの骨格標本へ振りかけていた。

 「なんとか、会期中に間に合ったな」

 カムイサウルスがわずかに身じろぎし、その瞳に紫色の炎を灯した。

【続く】

#逆噴射レギュレーション #習作 #へるま記念杯 #キッチン #恐竜博 #アメ横 #重曹

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