正義=苦しみ 妥協=生きやすくなっていく

大多数にとって
都合の悪いものには
フタをし続けて
国家機密だ

もう一方、
大多数にとって
白黒つけることを願ってるとき
正しさ名乗りたいネット社会のような
ニセモノの正義

そんなものに私たちは囲われて生きてる

許せるはずねぇよ

許せされるはずねぇだろ

こっちの台詞

大多数は卑劣で犠牲を押し付ける

少数は犠牲を引き受ける

大多数のほうが悪

少数のほうが善

神はその過程も逃さず

すべて観てくれている

例え少数の方の生き方を選んだとしても

自分で決めたなら責任を持とう

社会のなかでの生きたいカテゴリが見つかったのだから

黒い闇で息苦しくなるときもあるけど

生きるためのすこしのズルのなかにいる

自分自身を許していきたい。

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