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SCENE7:意外な真実【晟】

「感情や感覚は言葉にして初めてわかるものなんだ。だから、言葉を失うと、感覚そのものがわからなくなってしまう。魄は言葉を喰らう存在だと思えばいい。この『言葉を守る』という意味合いもあって俺達は『字守』とも呼ばれているんだ」

 100名程が入れる教室の中、晟は智孝の講義を有羽と一緒に受けていた。講義が始まる前に渡された、先日のイベントホール事件の詳細が載っている端末に目を通す。
 セキュリティーシステムや空調設備、いわゆるコンピューター電気関係の故障という名目で、事件は闇に葬られた。死傷者が出たのだから警察が放っておくわけないが、表向きはそうしておかなければならない。科学では説明のつかない不可思議現象は、それを専門とする組織が闇の中で解決すればそれで問題なしなのだ。
 一般の人が知りえる情報は、「これは酸素分圧を利用した殺人事件であり、システムを操作した犯人がいると予想され、警察でも捜査を続けている」ということだった。
 当事者がインターネットなどでその時の事実を流したりしているが、国がそんなものを相手にするはずは無く、噂として世間に浮いていた。
 次に被害者となった人達の顔写真と名前を見る。
【東原勝(ヒガシバラ マサル)46歳、田中美由紀(タナカ ミユキ)32歳、居栗純子(イグリ スミコ)26歳、中村良史(ナカムラ ヨシフミ)25歳、伊藤咲(イトウ サキ)22歳、寺西飛鳥(テラニシ アスカ)20歳……】
 あの赤いドレスを着た女性は『イグリ スミコ』というバイオリニストだった。
 もちろん、この女性とは面識もなければ共通点もない。あるにはあるが、あまり関係ないように思える。
『スミコ』という名前の響きが、自分の母親と同じということだけだ。そんなによく見る名前ではないかもしれないが、同じだったとしても珍しくはない。それよりも、気になることが晟にはあった。
 あの時、有羽が俺を呼んだらなったよな。赤いドレスの女性に異変が起きた、あの時に。名前と事件を結び付けるとしたら、こちらの方が何かしらつながりそうだ。既に過去の人となってしまっている母親の名前との一致よりも、現在、自分を呼んだ人物がその異変をもたらし、終わったと同時に今度は自分自身に異変を生じさせた人の方が関係性は濃いだろう。でも。
 智孝の声をBGMにして、有羽を見つめる。彼女とは事件で初めて会ったし、自分との共通点も皆無に等しかった。倒れたのも何が原因か、本人にもわからないという。それに何より、ここ数日見てきた彼女の行動は、怪しいどころか親しみすら感じるものだった。今も有羽は何が楽しいのか、ニコニコとしながら授業を聞き、時折頷いている。

「例えば『痛み』という言葉だと、一見ない方がいいように思えるが、これがないと命にかかわることになる。『痛み』は体から発する危険信号だから、これがわからないとまず危険を回避することができない。健康でいようという意識も持てなくなる。人の痛みもわからなくなるので、傷つける人になる」

 そういえば、有羽が倒れた時も『痛い』というよりは『熱い』と言っていた。そして、その後に襲われた急激な睡魔だと。
 今まで自分には起きたことのない現象に、声をひそめて倒れた時のことを再確認する。それから数日後の今の状態を検査結果と共に尋ねてみた。

「あれから、同じようなことあった?」

 有羽はふるふると首を横に振るだけだった。

「検査結果も今も、なーんにも異常なしだったよ。あ、あれかも。あの時は力を使い過ぎたからか、デザートをちょっと多めに食べたからかも」
「ちょっと多めって言っても、そんな眠くなるほど食べてないだろ?」
「うーん、どうかな?2回ケーキおかわりしちゃった」

 すげー食ってる。普段甘いものを食べない晟は、それがちょっとなのかどうかはわからなかったが、それでも眠くなる量ではないと思った。

「有羽って、力使うと眠くなるの?」

これにもただ首を振るだけだった。

「普段は眠くならないけど、あんまり力を使うことがないからわからないんだ。もしかしたら限界だったのかもしれないなって」
「え? あれ? 朧って、力をたくさん使っても、一時記憶が飛んだり、感覚が鈍くなったりするだけじゃなかったっけ?」
「へー、朧使うとそんな感じなんだね」

 一体何を言っているのだろう?と、有羽の感想に顔を歪めた。自分だって字守のくせに。

「あ、私ね、少しだけ朧みたいな力使えるけど、正確にいうと字守じゃないんだ」
「──えっ!?」

 予想以上の声量に、周りの注目を集めてしまった。智孝にも謝るポーズをとった後、今度はひそひそと会話を続ける。

「どういうこと?」
「えーとね……どこから話す?」

 つい最近同じ会話をしたなとデジャブを感じ「どこでもいいよ」と笑いながら答える。が、有羽の独特な雰囲気にのっかり、質問を投げかけてみた。

「あ、じゃあ、力が使えるようになったのはいつ?」
「うーんと、三年くらい前かな?」
「三年……それってさ、突然使えるようになったの?」

 すると有羽は少しだけ顔を曇らせた。そしてじっと晟を見つめ、何かを言いかけるがそのまま息と共に飲み込むという行動を幾度か繰り返した。
 もしや、まずいことでも聞いてしまったのだろうか?
「言いたくなければいいよ」と言おうとしたところで、彼女はそっと口を開き、
「……晟は、流天(るてん)っていう組織を知ってる?」
と尋ねた。
 どこかで聞いたような気がした。深く追求しようとすると頭の奥が疼(うず)く。しかし、構わず記憶を辿った。
 有羽が口にした三年前、そして流天──行きついた記憶に小さく「あ」と声を発した後にこう呟く。

「──鬼狩り、だ」

 すると今度は有羽が目を開いて驚いた。

「晟、知ってたんだね──そう。その鬼狩りがあった時、私もいたの」

 鬼狩リガアッタ時、私モ イタノ……?

「──え?ちょっと待った。だってあの時は、字守が一人行方不明になったって……まさか」

 有羽は鬼でも字守でもない。報告では、鬼と字守の行方がわからなくなったはずだ。鬼の正体は明かされてはいなかったが、もし有羽が鬼ならその餌食となっていただろうし、字守であるはずはなかった。
 遠藤遼太朗──それが、行方不明になった字守の名前だった。そして、俺が字守として活動し始めてから何度かチームを組んだ男。まさか。
 晟は息をのんでその『答え』を口にする。

「遼太朗が……鬼?」

 有羽はただ、悲しそうにほほ笑むだけだった。

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