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闘う日本人 5月 八十八夜

 このショート小説は、約5分で読める
 ほんとにバカバカしいショートショートの物語です。
 毎日、日本人は頑張っていつも何かと闘っている。そんな姿を面白おかしく書いたものです・・・・・・が、今回は何となくしんみりとした感じなってしまいました。
 今月は5月の闘いで八十八夜がテーマです。 
 このゴールデンウィークの最中。事もあろうか鈴木は、いつも強面で有名な林部長と新幹線で出張です。
 新幹線の車中は旅行などの親子連れなどでごった返しています。
 そんな中、鈴木は不満げでしたが、林部長は何となく淋しげでした。

 世間ではゴールデンウィークの真っ最中で今日はその中日の平日だった。

 鈴木の会社はカレンダー通りの勤務なので、今日は仕事の日だ。
 
 そして今日の仕事は出張する林部長のお供だった。
  
 鈴木は行楽客で混雑する新幹線に林部長と一緒に乗り込み、何とか予約ができた席に二人並んで座ることができた。車内ではたまに子供の声が響いたりしていたが、それを気にすることもなく、窓際に座る林部長の隣に座り、やがて新幹線は走り出した。

『なんでこんな日に林部長と一緒に出張なんだよ』
 鈴木は、目の前の楽しそうにしている乗客を見て、心の中で愚痴を言った。
 
 やがて1時間ぐらい経った時ぐらいだろうか、鈴木はうつらうつらと眠りに入っていたが、隣の林部長が、小さな声で「・・・・・・八十八夜・・・・・・」などと聞いたことのあるフレーズの歌だろうか?それを口ずさんでいるのに気が付いた。

 林部長が眺めている車窓の先を見てみると、その先では何やら農作業をしている人々の姿があった。農作業と言っても田んぼや畑のような感じではない。広い緑の絨毯のような所で白い機械に人が乗って何か作業をしているようだった。

 すると隣に座っていた林は

「茶摘みか・・・・・・」と言った。

「え、あれは茶摘みなんですか?」

 鈴木は聞き返した。

「そうだよ。お茶の葉っぱを機械で摘み取っているんだよ」

「お茶って、こうやって手で摘み取るんじゃないですか?」

 鈴木は手の親指と人差し指で抓むような格好して林に言った。

「そういうやり方もあるが、広いところでは機械で摘む所だってあるようだ。今日は八十八夜だからな」

「そうか八十八夜か・・・・・・って何ですか?」

「お前まさか八十八夜を知らないわけじゃないよな?」

 林はそう言って、鈴木の方を見た。

「いえ、その言葉は知っていますが、それと茶摘みとの関係がイマイチ・・・・・・」

 すると林は

「八十八夜とは、立春から数えて八十八日目ということだ。茶所では茶摘みが最盛期になることだ。夏も近づく八十八夜とか言うだろ」

 そう言えば、それはさっき林部長が口ずさんでいたフレーズだったかもしれないと思った。

「しかし、立春って言えば節分の次の日ですから、2月4日ですよね。えらい中途半端な日から数えますよね」

「何言っているんだ。そもそも立春が1年の始まりだ」

「え、1年の始まりって元日じゃないんですか」

「そりゃそうだが、暦の上では春が始まる日とされているんだ。立春に近い新月の日が旧正月とされているからな」

「へぇ。部長物知りですね。でも八十八夜というのも中途半端ですよね。普通なら100日目とかですけど」

「まあ、この時期が新茶を摘むのに適しているからだろうし、そもそも日本人は八十八と言う数字が好きだからな」

「八十八が好きなんですか?数字なら僕は7の方が好きです。ラッキー7ですから」

 林は少しあきれ顔をして

「『八』という数字は末広がりで縁起が良いとされているんだ。それに農耕民族である日本人にとっては『八十八』と言う漢字は『米』と言う字になるだろ。まあ諸説あるだろうがそれで八十八夜と言われるらしいんだ」

 鈴木は益々感心した。

「それじゃ次いでにもう一つ。なんで八十八夜なんですか?普通なら八十八日ですよね?」

「それはさっきも言ったと思うが、全て陰暦で考えているからだよ。陰暦とはすなわち太陽ではなくて月の出で考える。だから夜なんだよ」

「部長すごいですね。何でも知ってますね」

 鈴木は感心しきった様子だった。

「鈴木が知らなすぎるんだよ」

 林がそう言うと、鈴木はポケットからスマホを取り出して何やら操作し始めた。

 林はそんな鈴木の姿を見て、一体何をしているんだろうと思った。

「何をしているんだ」

 林がそう言うと

「やっぱりそうだ。すごい。僕ってすごいですよ」

「一体何がすごいんだ。すごいだけじゃわからないだろ」

 すると鈴木は林にスマホの画面を向けながら

「僕、結婚してから今日で八百八十八日です。この日数計算アプリに結婚した日と今日の日付を入力するとその間の日数が表示されるんです」

 そう言われて林が鈴木の差し出したスマホを見ると確かに8の数字が3つ並んでいた。

「そうか。別に記念日ではないが、それはそれである意味めでたいな」

「今日の出張は妻にお土産を買って帰ります。いいですよね、部長」

 鈴木は嬉しそうに林に言った。

「そうだな、そうしてあげると良い」

 そう言いながら、林は少し淋しそうに窓の外を見ていった。

「部長は何かアニバーサリー的なことがないですか?」

 鈴木は言った。

 林はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「実は俺は妻と別居して、今日で八十八日目だ」

 突然の林のカミングアウトに鈴木は絶句した。

「と言うことは節分の翌日に、奥様は家を出られたと・・・・・・?」

「いや、出て行ったのは俺の方だ。『鬼は外』って言う感じかな」

 林は自虐するように言った。そして

「まあ人生、いろいろあるよ」

 林がポツリとそう言うと、またあの歌を小さく口ずさんだ。

「・・・・・・八十八夜・・・・・・幸せになる」

 それは、童謡の八十八夜ではなかった。
 自分の親世代に流行った曲だったかも知れない。
 遠い昔のフォークグループの前向きな別れの歌だった。
 

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