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桜の代償#7

あの日、車を回収した男の口から明らかにされた事実。
取り逃した男の正体は「もんか」通称文部科学省の人間でそのバックに付いている黒幕はなんと文部科学省大臣だった。
果たして権力を前に事件を解決することはできるのか、そして未だ姿を眩ましたままでいる100円玉殺人の犯人は、、、

私たちはダメ元で今まで掴んできた証拠を含め全てを話した。過去の女子大生無差別殺人と今起きている100円玉殺人の関連性やそれ伴い文部科学大臣が大きく関わっている可能性がある事、殺されたいじめグループの主犯が実はその大臣の娘だった事、そして現在その青年は復讐のためか憂さ晴らしかはわからないが100円玉殺人を起こしている。
これまで集めた証拠や捜査資料を打ち明けた。謹慎中に集めた証拠品もあるため半分は無効捜査における証拠品となってしまうが今はそんなことはどうでもいい。少ない証拠から真実を導くには個人の力ではどうにもならないこともある。組織とはそういうもので警察とは個の力で動かない。群れることで初めて大きな力を発揮できる。だからこそ今その力を持つためには打ち明けるしか方法がない。一度は組織の力により追い出されたが今は違う。力としてはまだ小さいかもしれないが、これが二つの事件を解決できる鍵になるんだ。

ようやく尻尾の先を捕まえられるところまで来た二人は勢いのまま文部科学省大臣の元へ向かうかと思いきやその姿は警視庁捜査一課の本部にあった。
謹慎中の二人が本庁へやってきたという事で同僚たちの騒がしさが余計に際立つ。
「お前ら、ここでなにやってるんだ!」一課に現れた警部は入ってくるや否や大砲のような怒号を上げ二人を本部から引き摺り出され、会議室に放り込まれた。
「お前たちはまだ自宅謹慎中のはずだろ!本庁まで何しにきた!」
「ちょうどよかった、折り入ってお話があります」

警部補と私はこれまで集めてきた過去の女子大生無差別殺人と現在の100円玉殺人についての証拠や情報を打ち明けた。
まず過去に起きた事件と現在の100円玉殺人の関連性や二つの事件の犯人が同一犯であるかもしれない可能性、第一被害者が当時の青年をいじめていたグループの主犯であり、大学の理事長の娘だったこと。そしてその理事長がおそらく今の文科大臣であり事件に関わっている可能性とその手助けを警察の上層部の人間がしている事。
全てを憶測だと言われればそれまでだが、それでも持てる証拠を提出するには今しかなかった。一度は群れの中から追い出され個々の力だけでなんとかしようとした。しかし、相手があまりにも強大すぎた。個の力ではどうにもならないと確信した。だが正直、警察内部の人間が関わっている事に直属の上司ですら信用しきれていない状況下で行うのも一種の賭けだった。
「なるほどな、それでこんなもの持って何しにきた?まさか、昔の事件を蒸し返すわけじゃないよな?」
「そのまさかです。この二つの事件は今終わらせなければいけないんです」
「私たちも今以上の処分は覚悟しています」
ブラインドの隙間から差し込まれる真っ白な無数の光の槍が薄暗く重たい空気の会議室に光を灯す。それとは裏腹に二人の心には不安と疑念が入り混じり先の見えない暗闇を生み出していた。ここで再び壁が立ちはだかれば事件は迷宮入り。例え黒幕を追い込めたとしても決定打がなくなってしまう。それこそ死を持ってしか終わりが許されない無限ループの中に迷い込んでしまっているかのように真実だけが誰にも見つけられずこの世を彷徨う羽目になってしまう。
「お前たち、我々警察というのは政治家と金を下地に作られた組織だ。時には例え犯罪を犯していても金や権力の力でそれを見て見ぬフリもする、、、」
「じゃあ、今回もまた見てみぬフリをするんですか!」
「、、、だが、いくら金を力を振りかざされても俺達の根底にあるものは正義に変わりはない」

「、、、俺らは、その正義のため、仲間のために行くんです。行かせてください」

「俺ももうすぐ、現場を離れる歳だ、、、。いいだろう
。全ての責任は俺が持つ!お前たちにこの事件は一任する。だが、令状が降りるまでには時間がかかる、それまでに真実を暴け」
「わかりました!感謝します、、、!」
警部の敬礼に相対し同じく敬礼を返す二人の姿はなんだがとても誇らしかった。未だ一人前とは程遠い自分自身がこんな人と相棒を組めていた事にずっと心の中で渦巻いていた何かが、少しだけ楽になった気がする。だがそれと同時に胸が熱くなる感覚がより一層強くなった気もする。
【今はまだ早い、、、】何故か心の中でそう呟いた。


逮捕状の申請から受理まではある程度時間がかかる。その間に真相にまで一気に辿り着かなければいけない。考えた二人は方法よりも先に行動だった。
車を急発進させ向かった先は文部科学省。車の中で事前にアポイントの電話を一本入れたが、相手側のおそらく秘書であろう男は「大臣は今席を外しておりまして」の一点張りだった。こちらが警察だと伝えてもこの反応ということは本当に大臣がいないか、またはそう言えと教育されているかの2択。今回の場合、電話した私の直感だと答えは後者だ。妙に緊張感を孕み微かに喉が震えているような声と乾き。これは心に何か隠している人間に無意識に起こる反応で、緊張感や焦りなどから喉が乾いたり、声が震えるなどの現象がよく起きる。私は電話越しにもう埒があかないとすぐ手前まで来ていた文部科学省に押し入った。
受付で若い受付嬢がスーツを身に纏った人々と会話を進める中、私たちは場違いにも胸ポケットから警察手帳を取り出し、こう言った。
「文部科学大臣はこちらにいらっしゃいますか?」
突然の警察の訪問に動揺する受付嬢は焦りながらも内線で大臣室へと連絡を入れた。1分ほどその場で待ち、「な、中へどうぞ」と2人をエレベーターに乗せて大臣の元へ案内した。
大企業ぐらいはあるであろう高さの文部科学省の最上階。昼間だと言うのに薄暗い廊下を突き進み、一箇所たまけ他の部屋とは異質な雰囲気を醸し出す扉の前で足を止めた。
「こちらが大臣室でございます、中で大臣がお待ちです」
そう言うと受付嬢は足早にエレベーターに乗り込み持ち場に戻っていった。
総監室とは一味違った空間の圧に思わず息を呑む。私が一度深呼吸で心を整える姿を隣で見た警部補はお互いの意思を再確認するように軽く頷くと扉を3回叩いた。

「どうぞ」

「失礼します」

窓際の最も明るい場所に腰を下ろしているにも関わらずカーテンを閉め切り、僅かな木漏れ日と机のデスクスタンドの光が怪しく照らしている。
「警察の方が私にどう言ったご用件でしょうか?」
「大臣に過去にあった事件のことについて少しお話し伺いたいのですが」
「いいでしょう。ですが、私もこういう役職なので30分ほどしか時間は取れませんが」
「それでも構いません、こちらも手短に済ませます」

あくまでなんの令状もない聞き込みに過ぎないが、事実上黒幕の疑いがある人物との直接対決である。

「過去に起きた大学生による女子大生無差別殺人事件はご存知ですか?」
「ええ、当時ニュースで。あまりにも凄惨な事件だったためによく記憶に残っています」
悲しみを感じさせるような表情でそう話す大臣に対しさらに質問を続ける。胸ポケットから手帳を取り出し、事件が起きた大学とそこに勤めている学校長と専務の名前を指さした。
「ではこの二人のこともご存知で?」
「ああ、知っていますよ。私もこういう役職柄、教育者の方々と会う機会も多いですから」
「ではこのお二人とはただの顔見知りなだけでそれ以外の関係はないと?」
「ええ、そうですね。まぁお互い教育者という点ではある意味関係があるような感じではありますが」上手く言葉をすり抜けあまつさえ笑いを誘おうとする大臣に警部補も相槌を打つかのように笑ってみせる。だがその目はしっかりと目標を見据えていた。
「なるほどなるほど、、、では」ここで警部補が先に動いた。目線で私に合図を送る。これはここへ向かう最中に決めていたサインだった。
大臣との会話は警部補主体で行い、私は二人の会話と合図に合わせて状況に応じた証拠で後押しをする。協力プレイで大臣を追い込んでいこうというわけだ。
私は合図を受け数枚の写真の入った封筒を警部補に手渡した。
「こちらの写真の人物に誰か見覚えはありませんか?」
机に並べた写真は女子大生無差別殺人の被害者たちの顔写真だった。一枚ずつ認識の有無の確認を取りながら並べていく。
「いえ、ニュースで見た以外には何も、、、」
一枚、また一枚と並べていき最後の一枚を机に置いた瞬間、その一瞬を私は見逃さなかった。
最後の一枚に置いた写真、その写真は最初の被害者であり、いじめの首謀者、そして大臣が自らのポストのためにいじめの真実などをひた隠しにし見殺しにした実の娘の写真だった。
たった1秒にも満たない表情の変化はあまりにも些細なもので会話している最中に気づけるとは到底思えない。ここへ来る前の車内で作戦についで私の役割についての話もあった。

「お前は俺の後ろでサポートをしてくれ。会話には参加しなくてもいい」
「え、でも、、、それだと警部補だけの負担に、、、」
「いいんだよ、それに表情や言葉とかそう言う細かい所に気づけるのがお前の良いところだ。生憎俺はそういうところには疎いからお前に任せる。二人で黒幕を追い詰めるぞ」

警部補お墨付きの私の目はその変化に隙を受け付けなかった。写真を並べ終えた警部補に耳打ちをし、変化を伝える。私の言葉に警部補の考えも合致したのか口元を微かに緩めわずがに口角が上がる。
「これらの全ての写真について見覚えは本当にありませんか?」
「、、、ええ。特にこれといって詳しくは、わかりません」
「そうですか。しかしそれはおかしいですね。こちらに写っている被害者女性の一人は大臣がよくご存知のはずですが?」煽るように一言。だが大臣はそんな煽りにも動じることなく「いえ、わかりません」の一点張り。
そこで私はさらに証拠を提示した。
「では、この男については何かご存知ではないですか?」次に出したのは私達2人が担当を外された原因であり、悔しくも目の前で取り逃してしまったベンツの男とその車を回収した男の写真。実の娘に続き、身近な人間の顔写真となれば反応はどうなるか?私は悟られないよう視線だけを大臣に向けそれこそ冷静に、注意深く観察した。
「ああ、この1枚目の方は知っていますよ。でもこの方が何か?」
「いえ、特に何か、と言うわけではないのですが、この方がその無差別事件について少なからず関わっている可能性がありまして、、、」
「そうだったんですか?!この人、警備会社の人で以前警備を頼んだことはあったのですが、まさかそんなこととは、、、」これも嘘だ。その場を乗り切るためにさも真実かのように振る舞う姿勢や声質、表情など今まで幾多の人々をこのテクニックで騙してきたのか気になるのところだが、こうも警察相手に煽るようなテクニックを使ってくるとは思いもよらなかった。
私は記録を残しながらも大臣の声に注意深く耳を傾ける。どんな些細な変化も聞き逃さないように聴覚に全神経を注いでいた。だが警部補が男の話を進めても大臣は変わらず一定のトーンで聴取に答えた。
時間ももう既に25分を経過しようとしている。集めた証拠が少ない分なんとか言葉のテクニックで場を繋げて隙を窺ってきたが、もう引き伸ばせないと判断した警部補は一気にたたみかける。
「大臣、失礼ですがこの役職に就く前のご職業は何をなされてたんですか?」
「官僚ですが、それがその事件と何か関係性でもあるんですか?」
「官僚?なるほど、今時の官僚は大学の理事長も兼業なさるんですか?」
「何が言いたいんですか?」この質問により大臣の様子が少しずつ変わっていく。
警部補からの合図で私は一枚の資料を取り出した。
そこには道中あのチンピラの男を聴取するために使った交番でコピーした警察資料。身元確認のためサーバーに保管されている個人情報が明記された資料。その中の大臣の経歴を調べ上げたものだ。
「こちらの資料では大臣は今の役職にお就きになる前はとある大学の理事長をやっていたと、しかもこの大学ってあの無差別殺人の被害者が通っていた大学、、、」
「いい加減にしてください!一体何が言いたいんですか?そんな当てにもならない資料なんて意味がない」
「、、、何故意味がないんです?これは警察が管理している個人情報から調べた内容ですよ?」 
「そんなのいくらでも偽造できるでしょう。第一私が大学の理事長をやっていたなんてこと書かれているわけがない!」
「なぜ、書かれているわけないんですか?正直、我々警察のサーバーでは政治家など含め、ある程度の個人情報は入手できます。ですがあなたはそれを完全に否定した。それは完全否定できるだけの理由があるということですよね?」
この返しに大臣は言葉に詰まった。何故?と言われれば簡単なこと。自分自身が思い描いている状況と違った状況が目の前に広がっているからである。
警部補は昔の刑事ドラマさながらの威圧的な煽りで大臣に迫る。すると大臣は途端に様相を翻し開き直ったかのように言葉を発した。
「確かに以前、私は大学の理事長をしていましたが、その事件と何か関係でもあるんですか?」
苛立ちを孕んだ口調で答える大臣は貧乏ゆすりも合わせこの場の空気感が気に食わない様子だが、我々はそれを逃すわけにはいかない。
「では先程見せた被害者たちの写真にも見覚えがあるのでは?あなたの実の娘だ、忘れているわけはないですよね?」
「この際いいですか?私には今も昔も娘なんていません。私の子供は優秀でなければいけないのですから」
そういうと大臣は突然立ち上がり、「時間です」と我々の話を大幅に切り上げ足早に部屋を出ようとドアノブに手をかけた。その時、私は唐突に大臣に質問を投げかけた。
「あなたにとって娘さんとはなんなんですか?」
それに対し大臣は質問に一瞬考える様子を見せるも静かに「私にとっての子供は私の夢を叶える道具です」と最後は私たちの顔を見ることすらなく部屋にやってきた職員らの手により部屋から退出を余儀なくされた。

自供まで追い込めなかった。途端にやってくる否定的で悔しさの残る感情に溜息が漏れるもまだ令状が受理されていない。仕方ないといえば聞こえはいいが本当はここで完全に落とし切るつもりでもあった。
「すいません、私がもっと的確に動けていれば、、、」
「いや、元々これらの証拠の半分は出来損ない、しかも警察の俺らが偽造の証拠を作ってもなお完全に落としきれなかった。よく限られた凸凹な証拠でやってくれたよ」
「でも!多少の証言は取れました!これがあれば事件も進展しますよ!俺、ちょっと用事あるんで警部補は先戻っててください!」

あいつは突然何故か笑顔でそう言って走り出したのを最後に姿を見せなくなった。

次に連絡がきたのは3日後。令状が降りる前日の夜だった。

連絡が来るまでの3日間。俺は一人で事件資料を集めていたが終始気になる事があった。
「あいつ、なんであの時笑顔でどっか行ったんだ?それに、、、あいつの一人称「私」だったはずなのに、「俺」って言ってたような、、、?」


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