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桜の代償#3

青春を謳歌する学生たちの笑顔は爽やかで華やかな空気を身に纏い短い4年という年月を友人たちと過ごしていく。私にも、そして周りを歩く見知らぬ人々もそんな時代はあったはず。楽しい記憶、苦しい記憶、悲しい記憶。様々な記憶がある中でもし自分自身の中にある記憶が苦痛や恐怖だけだったとしたら、その人はや内側から理を破壊、拒絶し最後には壊れてしまうのだろうか。


都内某所のとある大学。私からしてみれば10年近く、警部補からしてみれば2〜30年ほど前の光景。共に学び、遊び、思い出を共有する貴重な時間。だがそんな華やかな場所、光が多く存在する場所には当然の如く闇も存在する。いじめという闇に飲まれた犯人の学生は理を外れ、復讐の二文字を孕んだ殺人を犯し周りの人間すら巻き込む悪意に自分自身が染まってしまった。一体彼はどんな感情を胸に抱きながら殺人を行っていたのか?私にはまだそれが理解できていない。私は心の片隅でそんなことを考えながら警部補とともに例の事件の犯人と第一被害者が通っていた大学のキャンパスへと足を踏み入れた。私立の大学というだけあって敷地面積はかなり広く、校舎に学食、学生寮、図書館とそれぞれに専用の建物が点在してキャンパス内はそれなりに盛り上がっている様子だった。生徒や教師の印象も悪くなく至って普通の大学と見える。だがそんな普通の環境の中にも殺人犯が生まれてしまう原因があった。当時の教師たちはその原因に気づけていなかったのか?刑事としてではなく、1人の人間として疑っていた。
2人は校舎の中に入ると受付で事前にアポイントを取っていた学校長を呼び出した。現れたのは小太りで眼鏡をかけた男。聞くと男は常務らしく学校長が電話対応でここまで来られないから部屋まで案内するとのことだった。
「いやはや、お待ちしてました。警察のお二人が何用で我が学園にお越しになられたんですか?」部屋に通されるとちょうど電話を終え受話器を置いた学校長らしき老人の姿があった。白髪混じりの髪をオールバックに固め上げ、二人の顔を見るな否や胡散臭い真っ白な歯を見える笑顔でそう言ってきた。
「突然の訪問ですいません。実は以前この学園の生徒が起こした殺人事件について調べておりまして」
「、、、あの事件は老いた私の記憶にも未だ根強く残っております。まさか我が学園でいじめの事実があり、被害者の彼が殺人を犯すなんて」笑顔から一変。悲しそうに表情を歪める学校長は、顔を隠すように日差しの差す窓側を向き声を震わせた。しかしそんなことは気にもせず警部補は学校長の背中に向かってさらに続けた。

「学校長、最近巷で連続殺人事件が発生しているんですが、我々はその犯人がそのいじめられていた彼だと考えています」

「まさか!彼はまだ入院中のはずでは、、、?」

「こちらの調べでは去年彼の叔父の監視の元退院しています」

「そんな、、、」退院の報告を聞くと学校長の表情は一気に青ざめ大量の脂汗が額に流れ始めた。突然の汗と机の下で小刻みに鳴らす貧乏ゆすりが止まらなくなる。
その不自然さを警部補と私は見逃さなかった。
その様子に常務も何を焦ったのか話の腰を折ろうと私たち二人の前に割り込み「そういえば!」と取り繕った引き攣りがちな笑顔で向けた。しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。邪魔する常務を引き剥がしさらに詰め寄った。
「学校長、あなた過去のいじめなどについて何か知っているんじゃないんですか?」
「いや、、、そんなことは、、、」視線が泳ぎ、汗が垂れ流れるのを持っていたハンカチで拭い取る。淡いピンク色だったのも汗を吸いすぎて色が濃くなってしまっていた。あからさまに何かを胸の内に隠して誤魔化している。そうまでして隠したい何かとはなんなのか?警部補が学校長に詰め寄る中で私は1人踵を返し、警視庁に遺されていた資料をまとめた手帳を改めて確認した。

過去のいじめ、大学、校長の焦り、殺人、、、、ここまでも生かされるのは推論なんてまどろっこしいものではなくもっとシンプルな刑事の勘である。

「学校長、もしかしてですが知られるとまずい何かを隠蔽しようとしていませんか?例えば、いじめの存在を見て見ぬふりをしていたとか」
その一言に学校長の身体がほんの一瞬蛇に睨まれた蛙のように完全静止したのを2人は見逃さなかった。
慌てた様子で机に置かれたお茶を飲もうとカップに手を伸ばす。だが的が外れたのか手でカップを倒してしまい広がっていた書類に盛大にこぼしてしまった。
慌てふためく学校長と常務だったが、その挙動から勘は確証へと変わった。
「そのご様子だと何かを隠しているっていうのは本当のようですね」
落胆のリズムで止めを刺す警部補に逃げ場を失った学校長はようやく閉ざされた秘密の扉を開けた。



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