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桜の代償#5

聞き込みで訪れた当時の容疑者、被害者が通っていた大学で二人は殺された被害者が当時大学の理事長の娘だったということが判明した。そこで二人は当時の捜査資料からその理事長の詳細を割り出そうとするが、明らかな故意に理事長の情報を消したと思われる痕跡があった。
一体理事長とは何者なのか、事件との関連性とは、、、



本庁に戻り、当時の事件資料を見た我々二人は別行動でこの理事長の正体を探ることにした。
まず私はサイバー課の同期に頼み込み、誰がいつあの捜査資料を閲覧や操作をしたのか履歴を出してもらいそこから怪しい人物のピックアップと裏付け作業に当たった。もちろん外部の犯行もありえない話ではないがそれこそ相当なハッキングの腕がないと警察のサーバーのファイヤーウォールを突破することはできない筈だ。
だとするならば、この捜査資料を改ざんしたのは警察内部の犯行の可能性が高い。
信じたくはないが、あの不自然な資料を見てしまってはそう思わざるをえない。
サイバー課の休憩室で解析を待っているとものの数分で同期が部屋に入って来た。
「閲覧履歴を確認したがここ最近、あの事件に関しての資料を閲覧したものはいなかったぞ」

「そんなばかな、、、」手渡された履歴のコピーには確かに過去最近の閲覧の痕跡はなかった。ではあの資料はいつ書き換えられたものなんだ?少なくとも事件発生当時は皆がその内容を共有するためにあれほど不自然な資料は作れない筈。だとすれば、世の中のほとぼりが覚めた頃に変えた?いや、それでもおかしい。

「本当に閲覧履歴はなかったのか?」
「ああ、一番最近でも今から10年近く前だ」
私は頭を抱えた。もしこれが警察内部の人間がやったことなら閲覧履歴を消すことの出来るサイバー課も関わっている可能性が高い。
「、、、そうか、ありがとう。手間をかけたな」
そう言って私はサイバー課を後にした。
漠然とした推論が脳内を駆け巡る。どれもこれも正しい確証はなく、あくまで妄想の域にしか到達していない。誰が味方で誰が敵なのか、正直言ってめちゃくちゃになりつつある。
「疑わしきは罰せよ。」などいう言葉も頭を過ったがもしそうなれば今別で捜査を行なっている警部補にも被害が被る。
「どうすれば、、、」履歴のコピーを何度も仰ぎ見るがかと言って何か思い浮かぶわけでもない。攻めあぐねるとはまさにこれか。ため息をつきながら変わらない紙面をもう一度見つめた。そこで私はふとある考えに至った。
「警察の内部の情報って今なら誰が持ち出せる?」
「どうだろうな、最近はそこら辺も厳しくなってるから簡単じゃないはずだし」
そうだよな。とんだ思い違いをしたと話を終わらせようとすると被さる形で同期はさらに言葉を続け興味深い一言をまた言った。
「俺らみたいな役職じゃあれだけど、上の役職ならいけんじゃない?」

簡単な話だった。故意に削除された理事長の情報。内部の人間でしか改ざんは難しい捜査資料。あの大学の学校長たちが話さなかったのも頷ける。私はすぐさま警部補に連絡を入れた。
「どうした、なにかわかったか」いつものトーンより一つ小さい低くドスの効いた声を発する警部補の心は電話越しでもわかるほど穏やかではない。
「資料なんですが、過去に誰かの手が入った痕跡はなく、手がかりはなし。ですが、サイバー課の話ではもし誰かが故意に情報を消したならばできる人間は上層部の人間の可能性が高いと」
「だろうな、上の人間が絡んでるのは間違いねぇ。そして、おそらく関係しているであろう奴も一人だが絞れてる。」
「え?もうですか?一体誰が?」
「室長の秘書だ。さっきの学校長の机の上、ばら撒かれた紙の中にそいつの名刺があった。おそらく上は足がつかないようそいつを経由して学校長と繋がってる。」ものの2時間程度しか経っていないにも関わらずそこまでたどり着いているなんて、、、。
「警部補、今どこですか?私も合流しますよ」
「じゃあこの場所に来てくれ」そう言うと携帯の位置情報アプリに一件の位置情報が送られた。その場所は巷でも有名な超高級料亭「雫」。各国の要人や政治関係者が会食の場としてよく利用する場所で、上層部の一部の人間も誰かに招かれて良からぬ話を秘密裏にしているとの噂も立っている。もし本当に室長の秘書がこの場所を出入りしているのであれば疑いはより明確な手がかりへと昇華していく。
私はすぐさまタクシーを捕まえ「雫」へと向かった。


車に揺られること10分間、ようやく到着した。店の前にはいかにも怪しい黒塗りの車が数台とグレーのベンツが止まっていた。気品あふれる門構えは一般人の入る余地を与えないオーラを放ち、私も一瞬目を奪われてしまう。
門には監視カメラもあるため怪しまれないよう少し離れた場所に車を停車し、相手の動向を伺う。
見張りの最中、ふと警部補が口を開いた。
「もし仮に、黒幕が警察と繋がってた場合俺だけじゃなくお前のクビも危うい。ここで降りてもいいんだぞ」
いつもは固く閉ざしている口から出た意外な言葉に私は思わず驚いた。普段こそ弱音を吐かない警部補が何故こんなことを言うのか、私には不思議でならなかった。だが、何を伝えたいのか分からなくはなかった。ただその優しさに理由を求めてしまったらいけない気がした。
「乗りかかった船です。私は警部補の相棒である限り降りませんし、私だってこの事件の黒幕には会いたいですから」柄にもなく何を嬉しくて中年のおじさんに笑顔を向けなければいけないのか、そんなことを心の奥底で考えながらも出た言葉は全て本心。私自身もやはりこんなことを裏で操っている黒幕を知りたい。ただ切実にそう思っているだけなんだ。

「そういえば、最近奴に関する事件が起きていないな」
「奴?」
「100円玉殺人だ」
「ああ、確かにそうですね、、、」言葉を続けようとしたその時、警部補が何かに気づいた。睨みつける方向に目を向けるとあの独特なオーラを放つ門が開き、中から怪しげな黒服の男数名ともう一人グレーのスーツに身を包んだ男が現れた。黒服たちは黒塗りの車に乗車するとすぐさまエンジンを掛けその場を立ち去った。一方のグレーのスーツ男はベンツに乗車すると、すぐには走らず中で誰かと電話をしている様子だった。
「ここじゃあ場所が悪い。あのベンツが走り出したら俺らも後を追うぞ」
「黒塗りはどうするんですか?」
「あれはまだ泳がせる。あいつらに関しては情報が何もない。今は目の前の奴が最優先だ」ハンドルに手を添えて身構える警部補は今にも突っ込んでしまいそうな危うさを感じさせるがこんな時ほど脳が冴えているのが警部補である。
5分ほど経った後、電話を終えたのか唸るようなエンジン音を周囲に響かせながら店から離れていった。私たちは勘づかれないようある程度の距離を保ちながら後を追う。
店のある細い路地からようやく市街地の広い道へと出た。サラリーマンやOLが闊歩するオフィス街に入ると信号を抜けたすぐ側のコンビニに停車した。タバコを片手に車から降り、コンビニの喫煙所でタバコを吸い始めた。
「いくぞ」喫煙所で一息付いているのを見計らい警戒されぬようタバコを片手に、警部補は警視庁では有名で特に顔が割れているためにメガネをかけ変装をして近づく。もちろん、タバコを吸わない私も喫煙者のふりをして共に向かい機会を伺う。
「あのーライター持ってませんか?」普段は見せない気の抜けたおじさんの役に入り切ってるのかへらっとした笑顔で謙遜する素振りを見せながら言った。
グレーのスーツ男は面倒くさそうなため息を吐きながらも胸ポケットからライターを取り出し差し出した。
「いやー、ありがとうございます」警部補はそう言うと男のライターを持った手を力強く握った。
「痛っ、おい、離せ!」
「一緒に来てもらおうか、色々とお話を伺いたい」警部補は他の人間に悟られぬよう胸ポケットから警察手帳の半身だけを見せ、自分が警察の人間であると示した。様子を見た私も続いて手帳を見せる。
すると男は何を考えているのか徐々に冷や汗を掻き、辺りをキョロキョロと窺う素振りを見せる。
「やだなぁ、、、勘弁してくださいよ、、、」の一瞬気を抜いてしまったその瞬間、男は警部補の手を振り払い目の前で逃亡した。二人がかりで追う中男はスーツに革靴とは思えない速度で正面を歩くサラリーマンたちを跳ね除け近くにたまたま停車していたタクシーに飛び乗った。必死に後を追ったが警部補は中年で腹も出ているせいか体力が追いつかず、かくいう私も革靴ではうまく走れず目の前で逃してしまった。
「くっそ!」目の前で逃げられた悔しさに拳を地面に強く打ち付ける。ようやく追いついた警部補も私のその様子に逃したのだと悟り、肩を叩き「よくやった」と一言だけ言った。



本庁に戻った私たちは一息つくためにもいつもの場所で一服していた。結局スーツ男を逃がしてしまい、せめて奴が乗ってきた車だけでも押収しようとコンビニ前に戻ると目立っていたあのグレーのベンツも忽然と姿を消していた。コンビニ店員に了承を得て駐車場に設置してあった防犯カメラの映像を見させてもらうと、私たちが奴の後を追った数分後に別の男がベンツにどこかへ立ち去る姿が映っていた。おそらく逃走中に奴が仲間に連絡し回収させたのだろう。一応のためコンビニと周囲の防犯カメラの映像は預かり本庁で再度調べることにした。
空を仰ぎながら久しぶりの煙草に白い煙を吹かす警部補の顔もどこか不機嫌だ。
「すいません、奴を取り逃してしまって」
「いや仕方がない。俺の方こそ一瞬気を抜いてしまった、すまん」
都会の汚れた空気に混じって空高くから吹き抜けるビル風が心地いい昼下がりの警視庁の一角に珍しく静寂が流れた。 時折吹く穏やかとは決して言いがたい荒々しい風が、まるで二人の心の中を表しているかのようだった。

奴さえ捕まえられていれば今頃。
そんな言葉ばかりが頭を過ぎる。少し近づいたかと思えば立ちはだかる壁が現れる。過去と現在の凶悪犯罪の板挟みに先の見えない地獄に片足を突っ込んでいる感覚に陥る。そんな二人にさらに地獄への一歩を踏み出させる後押しをするきっかけが舞いこんでしまう。

「お二人とも、こんな所にいましたか!」勢い余って扉から現れたのはよく一課のお茶だしにきてくれている婦警だった。走ってきたのか息も絶え絶えで深呼吸をして落ち着いたかと思うと、一言目に発した言葉は意外なものだった。

「お二人とも警部がお呼びです」

また不穏な空気が肌を撫でた。


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