見出し画像

桜の代償#6 【後編】

警察としての力を一時的に失った2人はそれでも事件を解決しようと自らの立場や危険も顧みず走り出す。


オレンジ色が映える朝焼けの中を今は滅多に見ないレトロな車が猛々しいエンジン音を震わせながら静けさ纏う都会の街を走っていく。ちらほらと見えるのは朝まで酒を飲んでいたのであろう路上で気持ち悪そうに吐いてる大学生たちや夜の仕事を終えクタクタになりながらも帰宅するものや今から仕事なのか歩く背中がとても小さく見てしまうサラリーマンなど都会の朝は静けさはあるものの人間観察に飽きの来ない表情を見せてくれる。
かくいう私も隣で運転しているのは小さい子供が見たら泣き叫んでしまうような顔をした強面の現役刑事。警察官にも関わらず窓を開けて肘を置いて片腕で運転する姿は少しギャップを感じるというか、何故か唐突に背景に海を感じた。大人の渋さとはこんな感じなのかと自問自答するがすぐに答えなど出るわけもなく考えるのをやめた。早朝のオフィス街を進むこと程なくして警部補は車を一度道路脇に停車した。その場は記憶に新しすぎる鮮明に頭に残っている場所。黒幕に近づくための手がかりであろう男を取り逃してしまった場所。当時の悔しさが再び胸を熱くする。

「もう一度監視カメラをチェックするぞ」
「え?でもコンビニの監視カメラはチェックしたはずじゃ」その通り、実際男を取り逃した後乗っていた車がその場になかったことから仲間の誰かが回収したと考えカメラをチェックした。映像には確かに男とは顔の見えない別の誰かが車に乗って逃げるのを確認している。今更何を確認するのいうのだろうか。

「違う、コンビニのじゃない。その隣の郵便局のATMカメラだ」もちろん郵便局の防犯カメラの映像も借りて確認したがカメラの設置場所が目的の場面の画角外だったため早々に引き上げた。しかしATMに搭載されているカメラまで調べることはしなかった。早速管理会社に連絡し、ATMの防犯カメラを確認させてもらうため会社まで赴いた。映像をあの日の時間に設定し、何か他に変化がなかったかも隅から隅まで目が乾くのも忘れて齧り付いて見ていた。
ATMにちょうど人がいなくなったタイミングで男が乗っていた車が目の前を通りそのすぐ後に私たちが乗っていた警察車両が通過した。このすぐ後に男に近づいて確保しようとしたところを逃げられて追いかけるも想像以上に相手の足が早くて振り切られてしまった。
さて、問題はここから。コンビニの防犯カメラでははっきりとは見えなかった車を回収しに来た別の男の顔をが判れば、、、。パソコンの画面を凝視し、一瞬でも見逃さないようにしているとタイミング悪く一般人がATMを利用し映像のほとんどが映らなくなってしまった。
「くっそ!結局か、、、!」苛立ちから警部補の手がタバコに伸びるその時、私は一般人の傍にギリギリ映っている入り口のガラスの外が気になった。巻き戻して映像を拡大する。微かに映る人の影、一瞬で通り過ぎてしまうがスローにしてもう一度再生すると、そこにはあの黒い車を運転する男の顔がはっきりと映っていた。新たな手がかりの発見に柄にもなく男2人は歓喜した。
「警部補、これって!」
「ああ、間違いない!あの男の車だ。早速映像解析にかけるよう知り合いに頼んでくる」
ようやく、私たちは再び一歩を踏み出すことに成功した

映像解析をかけるといっても謹慎中の身で警察の端末解析を行うわけにもいかない。そこで頼りになったのが警部補の元同期であり今はフリーのライターとして働いているという若干警部補よりも若く見えるこの男だった。近くにあった喫茶店に「いい記事になりそうな話がある」と悪い顔をして呼び出し防犯カメラの映像解析を依頼した。
「いい話があるって聞いたから来たらこれか?お前、相変わらずのその性格直した方がいいぞ」
「これが解決できればいい記事になるのは本当だ。お前も元刑事の端くれなら同期のよしみで協力してくれよ」
「、、、まぁ、で?これが何の手がかりになるんだ?政治家の汚職か?」
「お前も知ってるだろ?過去にあった大学生による女性無差別殺人事件、あれと今俺たちが追っている100円玉殺人の両方の謎が解けるかもしれない」
過去と現在、世間をざわつかせた二つの事件の解決という大スクープの匂いに男は目の色を変えた。なるほどなるほどと呟くように言いながら持ってきたパソコンを立ち上げるとATMのカメラ映像が入ったUSBを差し込んだ。
「その気になってくれたか」
「当たり前だろ?そんな二大スクープ、逃さない手はないし、100円玉事件はあいつが殺された事件でもあるからな」同期という絆はどんな職業でも存在するが、特に命をかけた職業についているものにはその絆はより強固で心に深く刻み込まれるものがある。100円玉殺人の協力をしなければあの人は死ななかった。初めて食べたあのラーメンがまさか最初で最後のものになるなんてあの時は思ってもいなかった。だからこそ、私にも2人が言っている気持ちがなんとなくだがわかる。

早く終わらせなくてはいけない、、、。

コーヒーを飲みながら待つこと数十分。「終わったぞ」とパソコンを手渡して解析され鮮明になった映像を見せる。するとそこには先程まで画質の荒さで見えなかった男の顔がまるで近くで撮ったのではないかと錯覚させるほど綺麗に映っていた。
「流石だな。これで再び奴等を追える。」データを確認しいさま喫茶店を出ようとした所だった。男はふと何故か少し険しい表情をしてこう言った。
「気をつけろよ、」
「なぁに、年相応に頑張るさ」

男の心配性が醸し出す嫌な空気がどこか私の直感を逆撫でする。

映像データを手に入れた私たちは何故か公園前の交番にいた。
「お前が頼れるやつで助かったよ」
「これバレたら俺どうなるんですか!?」
「まぁまぁ、結果良ければ全部丸く収まる。今は心配せず俺を信じろ」
「そりゃガッコでは散々絞られたんで信じてはいますけど」制服をきた警部補より一回り若い警察官が肩に腕を回され若干ひよりながらパソコンをいじっている。それは全交番にも標準設置してある警察専用のパソコン。普段はその端末で資料を作成をしたり、最新の連絡網が回ってきたりなど案外デスクワークが多い警察官には必需品である。
軽快なキーボードを打つ音に機械に疎い警部補は少し感心しつつ画面を眺めていた。
「いました、多分この男で間違いないかと」警察官だけが閲覧できる過去、現在の犯罪者をリストアップした資料の中に映像に映っていた男と同じ男が記録されていた。
「こいつだ」
「この男、過去に傷害事件を何件も起こしてるいわゆる半グレみたいな奴で当時まだ未成年だったこともあり少年院へ行ってたようですが出所後の足取りは、、、」
「おそらく裏で大きく関わってる奴が実行犯として金で雇ってるんだろう。自分たちの手は汚さないために」
一連の事件の黒幕はおそらく殺された女子大生の中のいじめの主犯だった娘の父親、当時大学の理事長をやっていた人物。そしてその力は今や警察内部の人間を操るまでに膨れ上がっている。
この男を調べても直接黒幕につながるような情報は得られないだろうが少しずつでも前進しなければならない。
二人はさらに男が今勤めている勤務先まで調べ上げ、それが都内のガソリンスタンドであることを突き止めた。
なるほど、そこならば車で入った時に話していても客と従業員として怪しまれにくいということか。警部補は代わりに調べてくれた後輩警察官に缶コーヒーを奢り、口止めとおまけの感謝を伝えて交番を出た。

ガソリンスタンドの場所は都内と言っても人の少ない端っこの地域。人が日本一多いと言われる都内でも中心部から外れれば景色の装いは一変する。
自然溢れる道路を進み、脇にポツンと建つガソリンスタンドが見えた。
「あそこです」
ひとまず様子を伺うため路肩に停車する。スタンド内では緑色のつなぎを着て作業する何名かの男の姿があり、今時双眼鏡で顔を確認する警部補を横目に私は携帯のカメラ機能で探し見る。すると客の車を洗車する奴の姿がカメラ越しにあった。
「やはりいました、今は仕事中のようです」
「そうか、奴が終わり次第行くぞ」
奴以外はただの一般人。警部補なりにも一般人への配慮はあったようでガソリンスタンドから仕事を終えた奴を待つことにした。

昼過ぎから待ち続け午後5時を回った頃。ようやく奴がつなぎから私服に着替えて現れた。少し仮眠をとっていた私は警部補に奴が現れたと叩き起こされ、寝起きの眼球でなんとか目を凝らしガソリンスタンドの方へ視線を向ける。するとリュックを背負った奴がガソリンスタンドから出て行くところだった。私たちは念のため自宅謹慎の前に持っていた手錠を持ちいつでも奴を拘束できるよう準備しておく。
「あの、ちょっとすみません。お聞きしたいことがあるんですが、、、」
「はい、なんですか?」
「あなたが持ち去った車はどこあるんですか?」
普通の人ならば何を聞かれているのかわからない質問でも何か心当たりがある人間は当たり障りのない質問でも無意識に答えを聞かれることから逃れようとする心理が働き、物事から逃げ出そうとする。奴も警部補がした質問に対し、一瞬戸惑った表情を見せると持っていたリュックを投げつけ逃走を図った。しかし、それは予想済み。警部補と私は飛んできたリュックにも物おじせず華麗に振り払い、冷たく硬いアスファルトの上で取り押さえた。
「何すんだよ!」
「公務執行妨害および犯罪幇助の罪で逮捕する!」
「はぁ!?意味わかんね!おい、離せよ!」

取り押さえた男と共に私たちは再びあの交番に訪れていた。
取調室の一室を借り、証拠の映像を見せて逃げた男との関係性はなんなのか厳しい取り調べが行われた。
始め、男は取り押さえられたことに対して怒りを露わにし移動中もついてからも怒号をあげていた。しかし、以前に証拠として入手していたコンビニの防犯カメラの映像と今回の郵便局ATMの映像を見せると表情に一瞬だが変化を見せ、口数も明らかに減った。
逃げた男との関係性と車をどこへ移動させたのかを聞かれると「しらねぇよ」の一点張り。しまいには「俺には黙秘権?っていうのがあるんだろ?」と急に余裕ぶった軽い口調で二人を煽るように言ってみせた。
だがその余裕とは裏腹に声の震えと仕草など人間の心理を表すような場所には確かな焦りの兆候が見られるのを私は見逃さなかった。
「警部補、やはり奴は何か知っているようです、明らかな焦りが見られます。畳み掛けるなら今かと」
人とは嘘はつけても身体は正直な生き物で、嘘をつく人間は焦ると右上に視線をあげたり、手癖が多い人は緊張を誤魔化していたり、貧乏ゆすりをしているのはイライラしているからなど無意識の内に心情が反応として仕草に現れてしまう。自分ではしてないつもりでも意外とやっているものなのだ。そして今、まさに目の前で取調べを受けている奴にも貧乏ゆすりや妙に瞬きが多くなっていたりと何かしらの嘘を隠しているのは明白だ。
そこで私は警部補が取り調べをしている横で奴に鎌をかけてみることにした
「何を隠しても無駄ですよ、あなたが嘘をついていることも何を隠そうとしているのかも全て分かってます」

「はぁ!?誰が嘘ついてるっていうんだよ!第一、こんな映像の切り抜き信用できるかよ!あんたらが映像を加工したかもしれねぇのによ!」

「確かに今時は映像を加工することできるらしいが、俺は真実しか見ちゃいない。例え嘘で塗り固めようとも俺は真実を見つけ出す。そのために今はお前の証言が必要なんだ」警部補はそういうとふと立ち上がり机に手をつけて頭を下げた。目の前で頭を下げる警察官の姿に男は驚き挙動が変わった。突然の状況に言葉が詰まり、心に乱れが見られた。
「証言してくれれば、お前の安全は保証する」唇を噛み迷っている様子の奴は1分ほど考えた末にようやく口を開いた。
「俺は、、、本当に何もしらねぇ。ただあの人には世話になったから」
「あの人とはあなたが回収した車に乗っていた人物ですか?」
「ああ、やんちゃやってた俺に仕事紹介してくれたり、今回だって、あの人が電話で金やるから車を別の場所に置いててくれないか?って」
やはりあの男は私たちに追われている最中にこの男に連絡を取り車を回収させたのは事実。
「その男の詳細や回収した車は?」
「車は、町外れの工場跡地に停めててくれって。あの人の事は詳しくは教えてもらってなかったけど、、そういえば前に呑みに誘われて行った時言ってた」

''仕事?ああ、詳しくはいねぇが【もんか】ってとこの一番偉い人と仕事をしてる事だけは教えてやるよ。あ、でもお前にはわかんねぇか''

事情を話してくれた男は解放し、私たち二人は取調室で聞いた証言のまとめに入っていた。

もんか、、、。元々大学の理事長をやっていて、警察の上層部の人間とも繋がりがあり、事件の内容すらもねじ曲げられるような役職、、、。
それらの情報で頭の中に上がる人物は最早ただ一人しかいない。
「警部補、これってもしかして、、、」

「ああ、決まりだな。」

二人は交番の後輩に礼をいうと駐車場に止めておいた車に乗り込み、再びけたたましいエンジン音を上げ車を走らせる。

目指す場所はただ一つ。

文部科学省、文部科学大臣の元へ。

遂に事件は最終局面へと突入する。


#7へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?