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春眠桜も見ず




駅のホームでうずくまっていた女の子に声をかけて、連れて帰るべきだったなと、

今更後悔したりしている。


終電があるかないかくらいの時間帯で、風が吹いていなくとも、年末としては十分過ぎるほどらしい寒さだった。

彼女には安心して眠る場所が必要で、僕にはこのどうしようもない虚しさをなんでもいいから、何かで埋める合わせる必要があった。ただそれだけ。

彼女を連れ帰って、とんでもないくらいに訳のわからない素敵な夜を過ごそうと思った。

それで、女の子は明くる年の春が訪れる前には、自殺してしまうんだ。

桜も見ず、振り返りもせず、綺麗さっぱりこの世界ではないどこかへ行ったとさ。

完膚なき、余地がない死ってわけさ。僕にはその子の髪の毛1本すら探しようがなく、僅かに脳裏に残った体の感触と、もう触れないという概念だけが残された。

僕のせいだろうか。

いや、僕なんてあってもなくても、遠くに行ってしまうような結末を彼女は、あの日あの駅で既に持ち合わせていたはずだ。それがわかっていたから、連れて帰ろうとしたじゃないか。

別に責任から逃れようとしているわけではないよ。むしろ僕がその責任とやらに少しでも加担しようとすれば、それこそこっ酷く怒られるだろうし、恨まれるだろうさ。

オルフェウスの話にあるように、振り返らずに行ってしまうのが正しいかもしれないと、たばこをふかしながら考えたりしているよ。

少しあたたかくなったのか、なってないのかよく分からない、春先のベランダで。

それで今更ながら、タバコなんて吸えないことを思い出すんだ。加えて、2年前にこの結末をノートに書いていたことを、タバコの煙を想像しながら、思い出したりしているよ。

記憶ほど頼りにならないものってないよね。まったく参っちまうよ。

まったくもってこういう時って、つくづく参っちまうから、布団に潜ってどっぷり眠ることに限るよ。それ以外にしようがないからね。

今年の桜くらい見ていっても良かったんじゃないかな。

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