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禁断の愛なんて便利な表現は使えない。私の男/桜庭一樹

「これが、直木賞……」
読後感を噛み締める間もなく、口から漏れた。雨足が屋根をひどく踏み鳴らす深夜0時。音がある世界に戻ってきた私がゆっくり顔を上げた先にはストライプ模様の黒いカーテンがかかっていた。
「さてどうやって感想を書こうか」
文庫本を一枚ずつ捲り読み終わった今、変わらぬ300ページの重さが左手から右手に収まっているはずなのに、利き手の指に力を入れて落とさないように支えているような錯覚。なぜなら重量感がある物語だったから、こんなことを堂々と書こうとした自分に呆れてしまう。

文庫に巻かれた帯に鎮座する「直木賞受賞作」の文字。少し裂けてしまった傷は矢印のようにその宣伝文句を目立たせる。直木賞に惹かれて手に取ったときの私は直木賞を誰でも読みやすい大衆文学大賞と勘違いしてた。
娘と父親の肉欲が溢れる純小説だったとは。

私は腐野花(くさりの・はな)。着慣れない安いスーツを身に纏ってもどこか優雅で惨めで、落ちぶれた貴族のようなこの男の名は淳悟(じゅんご)。私の男、そして私の養父だ。突然、孤児となった十歳の私を、二十五歳の淳悟が引き取り、海のみえる小さな街で私たちは親子となった。物語は、アルバムを逆からめくるように、花の結婚から二人の過去へと遡ってゆく。空虚を抱え、愛に飢えた親子が冒した禁忌、許されない愛と性の日々を、圧倒的な筆力で描く直木賞受賞作。

あらすじより

恋は苦しいほど燃える。愛は傷つくほど深まる。出会いと別れの過程にある愛憎こそ恋愛小説であるという持論は近親相姦を前にして崩れた。これを一つの恋の形として、一つの愛の在り方として理解しましょう。と言われてもキツっついすね……私は本当の意味で多様性をまだ理解することはできない。小説ならまあ受け入れるくらいはできる。
「こんな作品の感想ってなにを書けばいいんだろう……このブログは友達も読んでる(らしい)から下手なこと語るとドン引きされてしまうぞ」
真っ白な画面にスタンドライトの光が反射して目を細める。
まぁこんなもんでいいか。とスマホの画面を軽く叩いて"公開"に指を添えた。

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