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読書はたのし「イスラム飲酒紀行」(高野秀行)

 Kindleの端末を購入した。
 嬉しくて源氏物語全巻をダウンロードし、読みふけった。なんと素晴らしき文明の利器。今後はなるべく電子で買おう。我は科学の子。紙にこだわるなど原始人なり。ここまでが前回の頃の心境。
 一ヶ月後。
 「紙の本、紙の本、かみのほん」と、本棚を引っかき回す三十路女の姿があった。
 紙、紙、紙の本。ページをめくって、文字がインクで。紙、紙、紙、紙ーーーッ!
 どう見ても沢尻エリカの超ド級プライベートシーン見苦しいバージョンである。
 原始人どころか現代人の闇だ。しかし、本は合法だ。至急紙の本をキメなければならない。
 軽い文体で早く読めるヤツがイイ。雅な世界で浄化されたから、今度はアクの強いヤツだ。さらにゲラゲラ笑える系だ。
 そんなオーダーに即応えられる冊数を常備してしまっているから、Kindleに走ったのだが……。紙の本(ヤク)中に理屈は通じない。Kindleは別な合法沢尻エリカに手を出しただけに終わった。今日も床が泣いている。端末の中も積んでいる。知るか。こちとら手が震えてるんだ。
「あった!」

「イスラム飲酒紀行」(著:高野秀行 講談社文庫)

 本(ヤク)中がアル中に手を出した。
 念のため。これは比喩である。わたくしは違法なものとは無縁だ。そこは普通の大人だ。
 この本の作中にも「マリファナなんて子供のやるものだ」とある。
 そして次の一文はこうだ。
「大人になったら酒」
 そう。この本(合法沢尻エリカ)は、イスラム圏で酒を求めて東奔西走するルポルタージュなのだ。
 イスラム教徒に酒は御法度。国自体がイスラム圏なら、飲酒は違法である。
 酒を飲んだら大河を撮り直す国家。
 まだいだてんロスから脱却していない者には想像しづらい。「この人を高座に上がらせてやってください! 落語以外はクズなんです! もうほんっとにクズで! クズの中のクズで!」と奥さんが懇願するようなアル中森山未來に1年夢中になったのに。
 逮捕は普通に嫌だけど。
 そう思っている旧帰蝶! この原稿を書いている貴様だ貴様! 貴様は高野秀行先生に勝てない! 麒麟も来ない! 0.5秒で本能寺する!
 先生がアル中になった(本人は休肝日がないだけと主張されている)理由は、アヘン中毒を治すために酒を飲んでいたから、であり。
 アヘン中毒になった理由は、ゴールデントライアングルに潜入してケシ栽培を手伝ったルポを書いたからだ。このことは「アヘン王国潜入記」(集英社文庫)に詳しい。

 目を血走らせている間に、あらすじのターンが終わってしまった。
「ヒヒッ、こいつは上物だ」

 飲酒は御法度のイスラム圏。高野先生が酒をゲットする方法は単純である。
「現地の住民と仲良くなる」
 単純すぎて難易度が高い。5年以上の付き合いの同世代に「友だちになってくれる?」と聞いてしまうヤツ(わたくし)には無理だろう。
 そういう「お前、何年ただの他人と行動してるつもりだったんだよ!?」とドン引きされるような不器用者は、いろいろな人間が存在することに安心する。
 多様性という言葉は毎日目にしても、毎日接する人間は固定されているものだ。
 日常に「多様」はない。
 毎日接するのは、だいたい似たような人間である。
 不器用者ポジションも特に変化はない。3日どころか3秒も天下はとれない。雑兵沢尻エリカである。
 が、高野先生は違う。ほんとうにいろんな人と仲良くなる。
 反抗期の大学生、根っからのアウトロー、シャイロック完全再現、イスラム圏在住異教徒、へべれけすぎてなんかもうようわからん人。
 そういう人たちに彼は問う。手を変え品を変え心をこめて問う。
「酒はないか?」
 カタールで、パキスタンで、アフガニスタンで、チュニジアで、イランで、マレーシアで、トルコで、シリアで、ソマリランドで、バングラデシュで。
「酒はないか?」
 しつこいようだが酒は御法度である。
 御法度のものをゲットするのだ。飲むためだけに。日本に帰国すればいくらでも飲めるのに。そもそもイスラム圏に来なければ飲めるのに。
 いだてんのごとく走り、河童のごとく泳ぐ。スポーツマンシップゼロで、がむしゃらに。
 酒を求める。
 なんだよ……ッ。何考えてんだよ……ッ。この……ッ。
 おもしろいんだよテメエッ!
 目を血走らせての東奔西走が! おもしろいんだよこのアル中ッ!。
 なんでこんなに……。アル中が「至急酒をキメなければならない」と走り回ってる本が、こんなに、こんなにおもしろいんだよッ!
 アンサー。誰の尊厳も侵すことがないから。
 イスラム教徒は怖い。こちらをご覧になっている中にも、そう思っている方もいるかもしれない。少なくとも、我が家のママンは思っている。朝ドラか大河にイケメンイスラム教徒(優等生系好青年)が登場するまで思っているだろう。登場しても1話抜けたら話がわからなくなる濃厚ストーリーだと無理だ。
 まっとうな社会人をしている人は、米のとぎ汁くらいの濃度の情報量しか摂取できないのだ。あるいはNDMAをやっている。
 そのぐらいに日本は疲弊している。ママンだって、劇的プライベート沢尻エリカ状態になる娘に、疲弊しているだろう。でなくば、仏壇にカラフルな錠剤が隠されている。
 いだてんが歴代大河最低視聴率な理由はそれ以外にない。
 違っても自身を納得させるためにはそう思うしかない! なんでだよ! あんなにおもしろかったじゃないか! 1分目を離したら話についていけなくなる濃厚さだぞ!
 ……いったん、お互い冷静になろう。
 この本に登場する国だけででも10国(非承認含む)ある。みんなイスラム圏だ。10国でもイスラム圏のほんの一部にすぎない。
 全員怖いと言い切るには、あまりに母数が大きくないだろうか。
「日本人が全員納豆好きってわけじゃないだろ」と、アッシュ・リンクスも言っている。「日本人だから好きだろ!」とダンボール一杯の水戸納豆をもらっても困る日本人だってたくさんいるのだ。
 茨城土産に水戸納豆を買うなら、相手が納豆好きかどうかを知る必要がある。ダンボール一杯贈るなら、冷蔵庫のサイズも知らねばならない。
 イスラム圏をイメージするなら、イスラム圏の生活を知る必要があるのだ。
 そして生活(生タイプ)を知るのに、「酒はないか」とさまようアル中ほど適した逸材はいない。
 ……ちょっと断言しすぎた気がするな。
 訂正。
 目を血走らせて引っかき回した本棚にも、意外と少なかった。
 高野先生はここに登場する人々に、会う前から偏見を持たない。
「この人はどういう人間か?」に対するアンサーを出すのは、必ず「酒を買ってから」「酒の入手場所を聞いてから」「酒の購入を断られてから」「買えそうだったけれど、あてが外れてから」そして、「一緒に酒を飲んでから」である。
「酒はないか?」と聞かなければ、人間性の判断は始まらないのだ。
 重要だが忘れがちなことを、一冊ずーっとやっている。
 酒が手に入れば喜び、あてが外れたら怒り、飲めばへべれけになる。相手によって飲める飲めないは違う。みーんな違う。
 世界は多様性に満ちている。
 いだてん最終回オリンピック開会式のごとく、多種多様な人間がいるのがこの地球だ。

 確かに私は沢尻エリカ演じる帰蝶を楽しみにしていた。
 薬物所持で逮捕された女優を持ち上げるのはいかがなものか、とおっしゃる方もあろう。
 買いかぶらないでいただきたい。沢尻エリカのような大女優の実生活が、わたくしのごとき凡俗と関わっているわけがない。画面のの向こうの人を演技以外で持ち上げる能力があれば、投資でヒルズに住んでいる。
 目が血走ってイっちゃっているときの自分をAmazonの規約に抵触しないようにぼかしたに過ぎない。誰だって、てめえのツラには少しでもきれいなモザイクをかけたいものだ。
 しかも、いだてんが終わってしまったのだ。麒麟が来るにすべてをかける他ないだろう。
 そう。もう一度言う。沢尻エリカ演じる帰蝶を楽しみにしていた。が、
別の人が演じる帰蝶もイイかもしれないのだ。
 イスラム教徒を怖がるのも、麒麟が来るに絶望するのも、沢尻エリカの復帰を諦めるのも、早計である。
 いったん落ち着いて、イケメンイスラム教徒と恋愛関係の沢尻エリカが登場する近代史大河を、麒麟が来るを観ながら全裸待機すべきだろう。
 うん。この本はダウナー系だな。
 
 アル中と沢尻エリカをここまで連呼してしまう、「イスラム飲酒紀行」いかが?

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