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SS「グッバイ・パンプキン」

「よくあんなことやれるもんだ。1人だぜ?」
「やめろよ。中尉殿は病み上がりだ。これ以上ショックを与えたら、病気除隊になっちまう。リハビリだよ、リハビリ」
 聞こえてるよ。僕の仕事を知ってるだろ? ひそひそ隠れてるホモサピエンス用猟犬だ。
 一人称変更。
「そこの二人! 入れ!」
 血の気がひく音まで聞こえるね。
「答えろ。私は退屈そうか?」
「ノー・サー!」
「君たちは退屈か?」
「ノー・サー!」
「状況を理解しているか?」
「イエス・サー!」
「理解してその程度の頭か。よく聞け。ニガー中尉はお仕事中だ。見渡すかぎりのジャック・オー・ランタンにキャンディを詰め込む任務中だ。バケツ一杯キャンディを詰め込める、お前たちの空っぽ頭より、このちっぽけなカボチャの方が世界に必要だからだ。きちんと理解したか?」
「イエス・サー!」
「ならさっさとロアルド・ダールの工場に行ってこい。我々の頭を容器にご使用くださいと申し込め」
「イエス・サー!」
 脱兎のごとく逃げていく空っぽ頭共。目の前に広がるジャック・オー・ランタン。ああ、疲れた。何がノー・サーだ。退屈に決まってるだろ、こんな作業。
 だいたいこいつら、殺人鬼の幽霊じゃなかったっけ? カボチャかぶってさまよう幽霊。やめきなよ、こんなもの小学校でくばるなんて。教育上よくない。やめよう、さまようのは。
 ホントに楽しくないからさ。
「ラスボーン中尉、回収に参りました」
 ああ、もうそんな時間か。
「すまない。半分しか終わっていない」
「いえ、半分もできているとは……」
 老人は僕の顔をまじまじと見る。
「ミスター、何か?」
 いぶかしげにこちらを見続ける。
「何か?」
「……あなたは、サイゴンにおられませんでしたか?」
 心の中で舌を打つ。昔の知り合いほど困るものはない。
「何年か前に一泊しましたが」
 老人ははっとする。
「ああ、そうですね。あなたはまだ生まれておられないはずだ。何をぼんやりしているんだか」
「……ベトナム戦争ですか?」
 むせ返るような熱気。終わらないジャングル。数えきれないほどの蛇、虫、罠。ビートルズを聞きながら、戦友は息絶える。増え続けるベトコンたち。少年を逃がせば、数年後ベトコンになって再会する。
 尽きない補給で、僕らはこのさまよう日々が終わらないことを思い知らされる。
 そっくりだ。ジャック・オー・ランタン。 どこまでも続くカボチャの行軍を、世界は反戦キャンディを詰め込んで遊ぶ。
「ええ。そこでお世話になった方と、あなたが似ていて……」
「……祖父かもしれません。ベトナムに行っていたらしいので。当時のことは聞いていませんが」
「ああ。きっとそうだ。あまりに似ている」
「軍人の子は軍人に。絶対食いっぱぐれないんでね」
「はは。うちもです。サイゴンを占領した後。私は休暇中でした」
 年齢をごまかして入隊していたな、こいつ。
「油断していた。いえ、やっと油断できたのを喜んでいたんです。現地の娼婦(おんな)に誘われるままについていき。刺された。ナイフには毒が塗られていた」
 夫か親かあるいは子どもか、誰か僕らが殺したんだろう。
「今となってはおまじないくらいの毒でしょうが。当時の私たちは現地人の未知の毒に怯え、疲弊しきっていたんです。誰もが自身も毒に侵されることを恐れた。その傷口を切開し、毒を吸い出してくれたのが、あなたの祖父です」
 祖父ではない。けれど、本当に僕自身かも怪しい。よくあることだったから。
「准尉であられた。同じ黒人だったので、珍しいな、と。とにかく、新兵の毒のせいで死なれるべき立場ではないので、医者に担ぎ込まれることが決まりました。そのとき、准尉殿が謝られたのが……、あまりにあなたにそっくりで」
 すまない、半分しか吸い出せなかった。
「懐かしい。いつか、お礼が言いたかった」
 懐かしい。そうか、もう懐かしい記憶になっているのか。
「もし……聞いていたらの話ですが……。あなたがカボチャを卒業したのを、喜んでいると思いますよ」
 了

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