獣はみんな獣道表紙用写真

SS「獣はみんな獣道」

「あ。そこの箱どかしてやって」
「これ?」
「うん。そうそう。それ」
 空いたビール瓶が詰まったボックス。昨日の雨で水が溜まっている。
「よっと」
「サンキュ」
 別に蛍だって持てない重さではないのだけれど。蛍と一緒に出かけたときは、重たいものは全部僕が持つ。そういう担当になっている。蛍の担当は言葉にしきれないか、起きるまで想像もしていない色んなことだ。たとえば、混んでいるレジでさっと小銭を計算して支払いをするとか。僕はけっこう甘やかされている自覚がある。
「これ、なんでどけたの?」
「まあ見てな」
 先生が蛍のことを「べらんめえ」と呼んでいたことを思い出す。うん。全部そんなカンジだ。チャキチャキの江戸っ子。下町の姉御みたいな。いや、男だけど。
「蛍、山奥で育ったのになんで江戸っ子なの?」
「お前だって東京で育ったのに、奈良の寝倒れじゃねえか」
「むぅ」
 反論を考えていると、蛍が「静かにしな」と言った。
 みぃ。
 ビールの箱があったところ。その下のちっちゃい隙間から、ちょろちょろと。
 子猫がはい出てきた。
「わあ、かわいい。なんで出てくるってわかったの?」
「獣ってのは通り道を決めるんだよ。他のヤツの縄張り荒らしたら面倒だろ?」
「ここ、この子の通り道?」
「さあね。まだガキだから兄弟で共用かもな」
 子猫は僕らを見て隙間に戻り、そーっとこちらをうかがっている。
 蛍はしゃがみ、僕にもしゃがめと言う。
「図体がデカいんだから、怖がるだろ」
「うん。この子、野良かな?」
「春に生まれた野良チビだよ。キジトラ」
「キジトラ?」
「雑種。……あー、いや、ミックス」
 そんなとこだけおしゃれに言ってもなあ。
「あ、そうだ」
 買い物袋の中を探り出した僕の手を、蛍が掴む。
「やめな」
「……ここ、餌やり禁止地域なの?」
「なんだそれ? まあ、どうでもいいか。こいつも獣だから、餌やっちゃダメ」
「獣? 野良って意味」
「そーそー。野良とか野生とか」
「なんでダメなの? 猫、好きだよね?」
 蛍は獣を眺めた。目を合わさないように。愛し気に。蓮っ葉に。
「狩りを忘れた獣は死ぬからだよ」
 それが山の掟だと。
「でも、この子、すごくちっちゃくて痩せてるよ」
「しつけえな。そうだよ。獣はそうやって、ガキのうちにだいたい死ぬんだよ」
「死んじゃってもいいの?」
「そうだよ。そういう風にできているから、獣はいいもんなんじゃねえか」
 僕はしばらく考える。
「この子が人間だったらごはんあげる
?」
「やるかもね」
「なんで?」
「人間はだいたい、じゃなくて、もれなく死ぬからだよ。だから、人間より獣の方が上等なの」
 僕はまた考える。
「蛍は江戸っ子なのか、山奥のひとなのかわかんないね」
 通り道を子猫が戻っていく。たぶん死んで、まれに生きる子。
「生きててくれたらいいねぇ」
「そりゃそうさ」
 僕らは家路を歩き出す。

               了


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